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第26話

雅樹はそっとおかずの箱を差し出した。 雅樹の殊勝な声色に、恐る恐るといった感じで悠星は振り返る。彼の持ってきたおかずは、卵焼きだった。悠星の持ってきたそれと比べると、所々焦げているし、形も不格好だった。 悠星は、雅樹の持つ卵焼きをじっと見つめた。 食べることは強制ではないし、翔太達のいないこの場に居続ける理由は無い。 さっさと教室に戻るべきだし、今までの自分なら翔太と共に戻っていた。 しかし、雅樹の緊張した顔を見てしまった。この雅樹を放置する気には、何となくなれなかった。 悠星は片した弁当箱から箸を取り出し、一つつまんで口へ運んだ。見た目通り焦げたところが苦かったし、甘くしたかったのだろうが砂糖が多すぎた。美味しいとは言えなかったが、食べ終えた悠星は一言呟いた。 「砂糖多すぎだし火にかけすぎ。甘いし苦い」 「ゔっ」 雅樹は手の中の卵焼きを見つめ、うなだれた。 その姿を悠星は横目で見ながら、もう一言呟いた。 「…まあ、次上手く言ったら持ってきてよ」 悠星のその一言に、雅樹の表情はぱっと明るくなる。 「う、うん!持ってくる!頑張る!!」 明らかにテンションの上がった雅樹を見て、悠星はため息をついた。 「いや喜びすぎだから」 「嬉しいんだから仕方ないだろ!」 よし次までに練習しないとな、と独り言を呟く雅樹を見て、悠星は小さく笑った。 一瞬、昔の彼の残像が目の前に見えた気がした。昔のような優しい空間に、嬉しくなったし、少し悲しくなった気がした。 その後屋上の階段を降りるまで2人の間に会話は無かった。ただ、この無言の空間は悠星にとっては不思議と苦しくなかった。 最後の一段を降りる時、雅樹は悠星を呼び止めた。 「何?」 「駅前の裏路地にあるカフェ、知ってる?」 「!」 まさに昨日訪れたばかりの場所を言われ、内心驚きながらも努めて冷静に雅樹へ顔を向けた。 「…何で」 「昨日亮介に教えてもらって行ったんだよ。料理もコーヒーも美味しかったから今度行かない?」 「…行かない」 「あ、もちろん4人でいいんだけど」 「そういうんじゃなくてっ」 ほんの少し悠星の語気が強くなる。今、悠星の頭の中には二つの顔が浮かんでいた。 カフェの店長である深月の顔と、ベッドの上で支配権を握った深月の顔。 全くの正反対な表情を見てしまい、どこか怖がっている自分がいたのだ。 「確かめるまでは…行かない」 どちらが本当の彼なのか。 今まで自分に向けてきた表情(かお)は嘘なのか。 「じゃあね」 もし本性が自分を裏切るものだったのなら、早めに手を切らないと。これ以上傷つく前に。 雅樹に背を向けながら、悠星は深月へ連絡を取る事を決めた。

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