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第29話

店から5分ほど歩くとあるマンションにたどり着いた。そこの10階―――最上階にたどり着くと、一番奥の角部屋に案内された。 「ここ」 深月がそう言って鍵を開け、中へ入る。彼に続き中へ入っていくと、そこは広めの1LDKの部屋だった。リビングには毛足の長いカーペットが敷かれ、その上には柔らかそうな布地のソファーが置かれていた。家具は全体的に茶色系のもので統一されていて、落ち着いた印象を与えた。部屋の隅には観葉植物が置かれていて、部屋の雰囲気にとても馴染んでいた。 服が脱ぎ散らかされ、カップラーメンのゴミが散らかされ、雑誌が散らかり…みたいな酷い散らかり具合を想像していたので、思わぬキレイ具合にびっくりして深月の顔をまじまじと見てしまった。 「何だよ」 「部屋キレイ」 「は?」 「もっとやばい部屋想像してた」 「…失礼だなお前」 ムスッとした深月に悠星は笑った。 悠星が何か手伝おうかとしたが、邪魔だからと早々にキッチンを追い出された。大人しくテーブル席に着く悠星に、深月はキッチンから尋ねた。 「ほんとにリクエスト無いのか」 キッチンからエプロンを付けた深月が顔を覗かせた。 「無い。…いや、オムライス」 「そうだそうだ。お前はもっと自己主張しろ」 深月はニヤッと笑い悠星の頭を軽くくしゃっと撫でると、笑ながらキッチンへ戻って行った。 子ども扱いな対応に悠星は納得いかない気持ちを抱えながら深月の背中を見つめた。そして自分の頬が熱を持ったことに関しては、気付かないふりをした。 20分もしないうちに、深月はオムライスの乗った二つの皿を手に悠星の元へ来た。そして目の前に、湯気が漂った熱々のオムライスが置かれる。漂ってくる匂いと温かさに、一気に空腹感が増した。 悠星がオムライスに釘付けになっていると、もう一度深月がキッチンへ戻って行った。不思議に思いその姿を見守っていると、深月は別の器にデミグラスソースを持ってやって来た。 「なんで最初からかけなかったの」 自分の前に座った深月へ悠星は尋ねると、深月はさも当然と言った風に答えを返した。 「割ってからかけてほしいから」 「割って?」 「オムライス。こう真ん中で割ってみて」 深月が悠星へ、手で指し示しながら教える。悠星はスプーンを持ち、恐る恐る説明通りにやってみた。 すると。 割れたところから、中からとろとろの卵が溢れ出してきた。 「わっ…」 思わずじっと見つめ、そして深月を見た。言葉語らずな悠星だったが、彼の瞳が気持ちを雄弁に物語っていた。そんな悠星を、深月は優しい瞳で見つめていた。 「ソースかけて、召し上がれ」

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