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第36話

「…まさかあそこで会うと思わなかった」 「あぁ、店で?」 「うん。…深月、性格変わりすぎ。俺の事…騙してないよね…?」 ぽつりぽつりと悠星が言葉を呟く。深月はそれを聞きながら、悠星の髪を手ですいていた。その手の感触が、心地よかった。 悠星は、昨日の深月の店での態度をぼんやりと思い返していた。今まで見てきたものとは全く違う深月の姿。いつも強引でこっちの都合などお構いなしで、でも肝心な時にはいつも気にかけてくれて根っこの所では優しい深月。それがあの店の中では、誰にでも優しく、誰にでも笑顔。平等で、万人受けする、何となく冷たい深月がいた。 そんな正反対の彼の姿を見て、自分は騙されていたのではないかと怖くなったのだ。 深月にまで騙されていたら、いよいよ自分がどうなるか分からない。 …もう誰にも裏切られたくなかったから。 深月の膝に顔を少し埋めるようにして言った悠星を見て、深月は手を止めた。そして、ゆっくりと、優しく響く声で話し始めた。 「あれは他人用だよ。いつも強引だったら引かれるしね」 客商売だから、と小さく笑いながら言う。 「でもギャップ萌えとかもあるじゃん…」 その言葉に深月の目がほんの少し見開かれる。そしてますます深月の膝に顔を埋めるようにした悠星を見て、深月は少々悪い笑みを浮かべた。 「…俺が惚れられるのが嫌なの?」 「ちがっ…」 揶揄を含んだ声音に悠星は俯いていた顔を勢いよく深月へ向ける。その瞬間、こちらをじっと見る深月と目が合った。 「悠星との俺が本当の俺」 「……」 「親しい人…大事な人にしか見せないよ」 「大事な、人…」 自分の頬にじわじわと熱が集まっていくのが分かる。けど、瞳は深月に捕らえられたまま。目を逸らす事は許されない。 「俺は、ずっと悠星の味方だよ。…悠星に裏切られない限りは、俺から裏切る事はあり得ない」 「俺だってーーーーー」 『裏切らない』 その言葉は、お互いの唇へと溶けていく。激しく、何が何だか分からなくなるようなキスではなく。深月からの優しい優しいキスに悠星の意識はふわふわと漂っていた。そっと唇が離され、互いの口を銀色の糸が結ぶ。深月が悠星の唇を舐め、その糸を切り取った。これもいつもの事だった。 「俺も悠星に聞きたい事あるんだけどいい?」 どこかぽや…としながら悠星が深月へと視点を合わせる。瞼が閉じようとしていて、眠いんだな、と微笑みながら深月は言葉を続けた。 「昨日、泣いてたでしょ?何話してたの?」 「…あぁ、大した事じゃないけどね…部活の事話したの…」 「部活…?何で辞めたかって?」 「そう…翔太ちゃんと聞いてくれてね…嬉しかった…」 にへらと笑いながら悠星は言った。そういえば深月には話してたな…と頭の片隅で過ったが、もうぼんやりとしていて頭は動いてない。深く考えずに返事をしていた。 「そっか。良かったな」 深月が優しく頭を撫でながら言った。 「ぅん…」 深月の手の温かさを感じながら、悠星の意識は深く沈んでいった。 「…おやすみ、悠星」

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