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第53話
深月は悠星と同じように貝の口に帯を締め、姿見鏡で整えていく。
「こんなもんか!どうだ?」
深月がくるっと振り返った。着付けの様子はずっと見ていたが、正面から見たのは今が初めてだ。先ほど深月の浴衣を見た時は意外な渋さに少し驚いたが、逆に落ち着いた雰囲気で全体が引き締まって見え、とても似合っていた。
「…いいんじゃねーの」
「んだよそれ。…ちょっと隣来い」
「うわっ」
深月は横のベッドに座っていた悠星の腕をぐっと掴んで自分の隣へ引き寄せた。悠星は鏡の中の自分と目が合った。
「こうしてみると浴衣って結構雰囲気変わるよな」
「…そうだね」
「なんか機嫌悪い?」
深月は悠星の頬を後ろから掴んでむにむにと弄った。
「ひ がっ、やめほ っへ !」
悠星が頬を掴む深月の手を剝がそうと掴んだ時、深月に上を向かされた。頬を両側から潰されブサイクになった顔で、深月と目が合った。
「何を悩んでるんですかぁ~」
「…悩んでにぇ ーし」
「嘘つけ。分かりやすいんだよお前は」
「…ゔー」
しかめっ面をして唸ると、表情を変えないまま深月の唇がそっと降りてきた。
優しい唇の感触に頬がぽっと熱くなる。
「どうした?」
いつも深月は気付いてくれる。彼の優しさに甘えすぎだとは分かっているが、この中で浸かっているのは心地がいい。
悠星はふいっと目を逸らして、深月の胸へ顔を埋めた。
「…大人になりたい」
「大人?」
悠星は返事の代わりにこくりと頷いた。
「…浴衣着た時、翔太の方が大人だった」
「試着した時?」
悠星はまたひとつ、こくり頷いた。
「…今も、深月の方が大人だし」
「…」
「俺だけずっと変わらない」
ぎゅっと深月の浴衣の袖を握りながら、悠星は声を絞り出すように呟いた。悠星を抱きしめながら話を聞いていた深月は、彼の髪をそっと撫でた。
「俺も同じ事思ってた」
「え」
悠星が不安な面持ちのまま顔を上げた。深月はそんな彼を見て困ったように笑った。
「あー、自分の事な。大人になれば不安なことも無くなるし自由になれると思ってたんだけどな」
「…違うの?」
「まあ、半分そうだし半分違うかな。自由になった事もあるけど悩みはどんどん出てくるし」
「…」
「悠星に俺はどう見える?」
「…楽しそうに見える」
「ははっ。そういうもんだよ他人なんて」
そう言って笑った深月は悠星の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「一個ずつやってけばいいし少しずつ解決していけばいいんだよ。焦るのはすげー分かるけどな。…ま、俺はいつでも話聞くから。溜め込む前に何でも話せ」
悠星をより強く抱きしめて深月が言った。
「…うん、ありがと」
悠星が照れたようにふわっと笑った。
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