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第76話
一瞬目を見開いた深月は、それでもすぐに表情を柔らかくして悠星の頭をくしゃりと撫でる。大きくて温かいその手がどこかくすぐったかった。
「そうだな。…あ、どうする?君らも送ろうか?」
深月が翔太達へ話を振ると、雅樹がにこりと微笑んだ。
「いや、僕らはここから近いんで。ありがとうございます」
「そう」
「お、俺も大丈夫。ありがとうございます!」
雅樹をチラッと見た翔太が、びくっとしながら慌てて断った。悠星はそんな彼の様子に少し疑問を持ったものの、深月と雅樹の間に流れている不穏な空気が再び流れ出したことに気づいてそのまま受け入れた。
「じゃあな悠星、また」
「ん、また。…先輩も、お世話になりました」
「いや、来てくれて助かったよ。また学校で」
「はい」
翔太と亮介に挨拶をし、雅樹への言葉を考えあぐねていると。
「悠星」
「…何?」
雅樹から声を掛けられ、顔を上げる。しかし、視界に入った彼の表情は何を考えているのか読めなかった。
「…いや、気を付けて帰りなよ」
「…そっちこそ」
にこっと笑って言葉を返され、少々たじろぎながら返事をしてしまう。だが特に気にした様子でも無かったので、最後にもう一度みんなに手を振って深月と歩き出した。
車のトランクに荷物を積み、悠星は助手席に座る。車内は思った以上に蒸し暑く、悠星は急いで窓を開ける。遅れて運転席に入ってきた深月が「うわ、あつっ!」とドン引きしながらも急いで冷房をつける。
冷房の風を、目をつぶって真正面から受ける悠星を見て、深月はスマホで写真を撮っていた。シャッター音が聞こえて目を開けると、深月がニヤニヤしながら画面を向けてきた。
そこに映っているなんとも間抜けな顔を見せられ、悠星の頬はカッと熱くなる。
「おい深月!」
叫びながらスマホを奪おうとするが、するりと抜けられて届かない。
「いいじゃん可愛いよ?キス待ち顔」
「!?そんなんじゃねーし!」
ますますスマホを取り上げようと躍起になるが、深月は笑って車を発進させた。
「この後どうする?一旦荷物置きに帰るか?」
「あー…」
その時ふっと、去り際の雅樹の顔が浮かんだ。ピリピリした雰囲気に耐えられず逃げるように来てしまったが、去り際の雅樹の顔がーーーどこか寂しげな瞳が脳裏から離れない。
「…や、悪いけど今日はそのまま家帰るわ」
何となくモヤモヤを抱えたまま、深月の家に寄る気にはなれなかった。
努めて明るく言ったつもりだが、どうだろう。へらっとした笑みを深月に向けたがーーー。
「やっぱダメ。このまま俺んちな」
横目でチラッと悠星を見た深月は、静かに運転を再開する。
「え…は、なんで」
「なんでも。つーか貸してた服もあるだろ」
「……!そうだった…」
そしてまんまと深月の誘導に引っかかった悠星は、結局深月の家に行く事になったのだった。
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