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第77話 side雅樹
雑踏の中段々と小さくなる悠星の背中を、雅樹はじっと見つめていた。
「…一緒に帰らなくて良かったのか」
隣にいた亮介がため息を吐きながら雅樹へ尋ねると、ハッとした翔太もそれに便乗する。
「そうっすよ!旅行中俺らにでさえに牽制してたのに」
「はっ、確かにな」
翔太の言う通りだと、雅樹は笑みをこぼす。確かに少し余裕が無かったかもしれない。
「…まあ、どうせもうアレで最後だから」
スッと目を細めた雅樹が、悠星の後ろ姿を見つめながら静かに呟いた。
悠星と再会してから”あの件”で出来てしまった溝を少しずつ埋めてきた。
逃がさない。誰の手にも触れさせない。
…そのためには。
大事なものは、ゆっくり。じわじわと。でも確実に。
事実、去り際の名残惜しそうな悠星の表情は、うぬぼれではないと思う。
悠星は、……優しいから。
あんなことがあったのに、俺の事を完全に突き放そうとはしないから。
だから俺みたいなやつに狙われるんだよ。
そして俺は、そのチャンスをみすみす逃すようなことはしない。
あともう少しで悠星が俺のところに戻ってきてくれると考えたら………
「雅樹お前…」
「先輩?」
自然と口角が上がっていた雅樹の耳に、亮介の呆れた声と翔太からの純粋な質問が届いた。
「…何でもないよ」
ごく自然な態度で”他人向け”の笑みを見せるが、亮介の顔が変わるどころか更に眉間にしわが刻まれた。
「やっぱりろくでもない事考えてたな」
「何の事?」
この場ではあくまでもこの状態で済ませる気の雅樹は、それ以上笑みを崩すことは無かった。それを見た亮介は、がっくりと肩を落とすのだった。
「はぁ…もういいけどさ」
「分かってくれて嬉しいよ」
「………」
亮介がじと目で雅樹を見ていると、2人の会話を聞いていた翔太が笑いながら言った。
「仲いいんですね」
それを聞いた二人は、否定もせず肯定もせず。互いの顔をじっと見ていたが、再び眉根を寄せた亮介が先にため息を吐いた。
「ただの腐れ縁だよ。…毎回こいつに巻き込まれるし……」
「そんな俺に毎回巻き込まれてくれるお前はヤサシイよな」
「………」
苦々しく自分を睨んでくる亮介を、雅樹はにっこりと笑みを浮かべることでしか反応しない。
こいつは本当にヤサシイ。苦言を呈してきながらも、最終的には否とは言わない。いや、言えない。
友達とも言えない。知り合いとも言えない。じゃあもっと深い関係なのかと問われるとそうとも言えず。
まあ、何にしても、亮介 にとっての最大の不幸は俺と知り合ってしまった事だろう。
………それは、悠星に一番言えるのかもしれないけれど。
………でも、もう逃がすなんてことはしない。
自分の発言で何とも言えない空気が雅樹と亮介の間に流れてしまったことに気付いた翔太は慌てて言った。
「あ、な、なんかすんません!」
「何が?」
「俺、地雷踏みました?よね?」
「いいや?大丈夫だぞ」
「…!亮介先輩に言われると安心します……!よかったっす!」
「翔太?怒ってないよ」
「……!い、いや、別に悪気があったわけでは無くてですね…ただの興味本位からで……。余計な事聞いてすみません!」
雅樹が大丈夫だと言っているのに、翔太の反応は全くの真逆だ。
「なんでだよ!怒ってないって言ってんじゃん!」
「雅樹…」
「亮介までそんな目で見るな!」
雅樹から怯えられ、亮介からは呆れられ。
なんだかんだ文句を言い合いながら結局いつもの雰囲気に戻った彼らは、2学期の再会を約束してそれぞれの家へと踵を返して行った。
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