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第81話 ※

「………悠星」 そのどこか弱々しい声に、あれ、と思った時には彼の顔が己の顔のすぐ横にあって。 「好きだ」 やけに低めの声で囁かれたその言葉と共に、深月は悠星を強く抱きしめる。 「…好きだ、悠星」 「………」 「……だから」 「俺から離れるな」 苦し気に、絞り出すような声音のそれに、悠星は思わず息を呑む。 どう答えるのが正解なんだ。 どう言えば深月を傷つけずに済む? 俺はどうすればいい? 「ァ………」 口から零れた声は、碌な音を紡がない。 深月の想いに答えるだけのものを、今の自分は持っていない。 唐突にそれを理解して、答えを探しても出てこなくて。 内心焦っていると、隣から小さな寝息が聞こえてきた。 「………まだ挿入(はい)ったままなんですけど……」 この後の処理が大変だとか、まず起こさずに抜くにはどうしたらいいんだとか、深月への愚痴は色々出て来たけれど。 俺はどうしたいんだろう……… いい加減、向き合わないと、と自分を抱きしめながら眠っている深月を見ながら悠星はそっと決意した。 結局あの後悠星は、眠気眼まなこをこすりながらも後処理とシーツの取り換えを簡単に終わらせて(深月を移動させるのが一番大変だった)力尽きてそのまま寝た。 当然ベッドは一つしかないし、同じベッドで寝ないと怒られるのでそのまま隣に潜り込んだ。 ……隣に寝たとたんに抱き寄せてすり寄ってくるから、起きてんのかと思ったけどちゃんと寝てたわ…び、びっくりした…… …でも今は8月。まだ残暑の残る季節で、窓を開けて寝たと言っても熱いのには変わらない。 「んん…」 背中がじっとりと汗ばんでいて、涼しさを求めて離れようす身じろぎする。しかし逆に一層抱え込まれてしまい、悠星は眉根を寄せる。 「あつい…」 「じゃあ一緒にシャワー行くか」 「ッ!」 バッと後ろを振り返ると、深月はニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべていた。 「おはよ」 「…おはよ」 「シャワーついでにコレ…」 「み、深月!」 尻に押し付けてきたのは深月の雄だった。逃げようとする悠星を軽々と抑え込み、ますますその存在を主張する。 「なぁ…イイだろ?」 「~~~ッ!!」 耳元で甘さを含んだ声で懇願してこられて。ゾクゾクッとした快感に体の芯を揺さぶられてしまい、悠星は頷くしか出来なかった。 「――着いたぞ」 そう言って深月は悠星の家の前で車を停めた。トランクから荷物を取り出し、悠星へと渡す。 「ありがとう、ここまでしてくれて」 「こんくらい気にすんな」 ぐしゃりと撫でてきたその大きな手に、悠星は肩をすくめながらも頬を赤くした。 「じゃあまたな」 「…うん」 悠星の頭をぽんぽんと叩いた彼は車に乗り込んだ。 「ちゃんと宿題終わらせろよ?」 「大丈夫だって」 「ハメ外しすぎんなよ」 昨日あんだけヤった奴が言うセリフか!? 「み…深月に言われたくない!」 思わず昨日の情事を思い出してしまい顔を赤くするが、深月はクツクツと笑うだけだった。 いつものように手のひらで転がされているのが分かり、ふいとそっぽを向いた時、深月が軽く腕を引っ張った。 何だと訝し気に深月を見つめると手招きされる。表情をそのままに深月へ近づくと、耳元でそっと囁いた。 「好きだ」 「………ッッ!!!!」 思わず彼から思い切り離れる。昨日と同じように、いやそれ以上に甘さの含んだ声音で伝えらた。 これ以上どうすればいいのか。もう容量オーバーなんだが!? リンゴのように顔を真っ赤にしてわなわなと唇を震わせていると、ひどく満足げな深月がぞのままハンドルを握った。 「じゃあまたな」 さらっと伝えて去って行った深月の車をただ茫然と見送る。 悠星は、「あぁー………」とか細い声を上げながら、顔を抑えてその場に(うずく)まった。

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