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第84話
それは帰り道のことだった。
「悠星、俺なんかした?」
「…」
あの体育の授業のあとから、悠星は何となく雅樹を避けがちになっていた。
彼に話しかけられるたび、そのエガオを見るたび、理由の分からないモヤモヤが胸いっぱいに広がってしまう。居心地の悪さから逃げるように、雅樹に話しかけられてもそっぽを向くことが多かった。
我ながら子供だなと思う。良くないことだとも分かってる。
でも、なんでか自分には向けられないあの表情を思い出すと、チクチクと小さな痛みが走るばかりで。
「悠星?」
焦れた雅樹が、不安そうに悠星を覗き込んでくる。その表情に罪悪感でいっぱいになるが、口をへの字に曲げる。ランドセルの紐をぎゅっと握って下を向いていると、そう、と言って雅樹がそっと離れた。
漏れ出た声がどこか冷たくて焦って顔を上げると、そこにはいつものエガオは無く、何を考えているのか分からない雅樹がいた。ここでようやく自分のやったことが雅樹を傷つけたと分かり、悠星は目を泳がせる。
「あ、ごめ…」
「ちょっと来て」
雅樹がガシッと悠星の手首を掴む。ピリッと走る痛みに抗議の声を上げるよりも早く、雅樹はどこかへと歩き出す。悠星もそれに引きずられるようについて行った。
辿り着いたのは、よく遊びに来る公園……の中にある木の裏だった。なんでこんな人気 のない所へわざわざ来たのかと訝し気に彼を見た時、肩にグッと手を置かれた。一瞬走った痛みに抗議する間もなく、しゃがませる雅樹に合わせて尻もちを付くように悠星も一緒にしゃがみこんだ。
「まさ…」
「言って」
「…は?」
「ここ誰も来ないから」
いきなり何を言い出すのかと首をかしげると、悠星の目をじっと見た雅樹がもう一度言った。
「誰も来ないし誰も見てないから、何があったのか教えて」
「……」
つまり雅樹は、わざわざこんなところにまで来てわざわざ2人きりになって俺の話を聞こうとしてるのか。
………バカなのか?
「い…いや、ここ公園だし!二人きりじゃねーじゃん!誰か来たらどうすんだよ!」
「そしたらかくれんぼしてるだけって言う」
「いや2人だけでかくれんぼできねーし!」
「でもここなら悠星のお母さんにバレないよ」
「!」
思わず息を呑んだ。じっと雅樹を見るが、彼の瞳は揺らがない。
「聞かれたくないでしょ?」
あのエガオのまま、雅樹は平然と言う。
なんでバレた?どうして分かったんだ?今まで誰も気づいてくれなかったのに――――…。
ドクドクと激しい音を立てている胸元をぎゅっと握りながら、悠星は恐る恐る雅樹に尋ねた。
「何で…」
「俺と一緒だと思ったから。俺ら似てるよね」
「……」
何も言えなかった。まるで喉に何か張り付いているみたいに、空気が音にならずに口から零れるだけだった。
家だとイイ子でいなきゃいけない。じゃないと俺の居場所がなくなるから。
雅樹はイイ子だから。文句言ってるのバレたら俺がイイ子じゃなくなっちゃう。
学校だと先生も見てるし友達も見てるから。ちゃんとイイ子でいないとバレるから。
こんな俺と似てるのか………?
悠星は訝し気に雅樹をじっと見る。しかし、そんな悠星を見て、雅樹はふっと口元を緩めていた。
初めて見るその表情に思わず目を見開いた。柔らかく、でも意地悪に歪む雅樹に、思わず見とれてしまう。しかし次の瞬間、悠星は雅樹に頭を抱えられていた。
「…は?ちょっ、おいっ」
慌てて離れようと雅樹の胸を押すが、ビクともしない。というより、顔が真っ赤な悠星の手には全然力が入っていなかったのだが。
「ほら、早く言わないとずっとこのままだよ」
「い…いや、離せばいいだけじゃん!」
「悠星が正直になるまでこのままでーす」
「雅樹………」
結局、離れようとじたばたすればするほど雅樹はぎゅっと抱きしめて来たので、………もう悠星は諦めた。抱きしめてくる雅樹の上着をぎゅっと握りしめて、悠星はそっと口を開く。
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