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第85話
「……雅樹、俺にだけ笑ってない」
「え?」
「…ドッヂの時はあんなに楽しそうだったのに」
…自分で言ってて恥ずかしくなってきた。もうこのまま逃げ出したいのに、今度は頭を撫でてきた。あああもうどうにでもなれ!!ここまで来たらやけくそだ!俺は悪くないからな!!
「大体っ!俺の方が先に雅樹と知り合ったのに!」
「うん」
「なんで俺には嘘くさいエガオしかしないんだよ!」
「うん」
「うんじゃなくてっ!」
「ふは、ごめん」
こっちは怒っているはずなのに、ひたすらに頭を撫でる手つきが優しいのは何なんだ。
頭の中がぐるぐるになりながらも、悠星が続けた言葉は………。
「雅樹…俺の事きらい?」
それは、ほとんど声になっていないくらい小さな声だった。
もっと文句を言おうと思ってたのに。騒いでやろうとかも思ったのに。
雅樹の優しい手に、心のどっかがとかされたのかもしれない。
悠星の口から出て来た言葉は、今まで考えないように考えないようにとしていた気持ちだった。
しかしいざ耳にしてしまうと、ぽそりと自分で呟いたとはいえ逆に悠星の心臓にぐさりと抉ってくるし攻撃力が強かった。
じ…自分で言ったくせに…つら………
眉根を寄せてぎゅっと耐えていると、「悠星、」と殊更に優しい声が耳に届く。
ふっと顔を上げると、なんか闇でも背負ってるんじゃないかってくらいコワい雅樹がそこにいた。
「ひっ」
「誰に言われた?」
「…え?」
「俺が悠星のこと嫌いって、誰に言われた?」
先程まで背中に回っていた雅樹の手は、今悠星の肩をがっしりと掴んでいる。
ギリギリと段々力が籠っていくその手に、悠星は痛みを覚えて後ろに下がろうとするが、大きな木が進路を阻む。
「悠星?」
「ま、雅樹、いたい…っ」
「ねえ、教えて」
彼の澄んだ瞳に悠星自身が映っているのが見えた。確かに今雅樹と話しているのは自分だ。でも、彼と話しているようでそうじゃない。
…こんな、こんな……!!
悠星はドンッ!と思い切り雅樹を突き飛ばし、立ち上がる。後ろ手にし尻もちを付いてこちらを呆然と見上げる雅樹に、悠星はフッと悪い顔で笑った。
「いいか?」
ごくり、と雅樹が唾を吞む音が聞こえた気がした。
「人の話は最後まで聞け」
「……」
「ていうか何で俺の相談だったのに雅樹が怒ってるんだよ」
「……だって悠星があんなこと言うから」
ふいと悠星から視線を逸らした雅樹に、悠星は彼の目の前に柄悪くしゃがみ込む。そして、雅樹の頬を両手でぶに、と挟みこんだ。
タコの口になってこちらをじっと見つめる雅樹に、悠星も負けじと見返した。
「俺は、何で、俺の前でも作り笑いしてるのって聞いてんの」
「…」
「クラスメイトの前じゃ普通に笑えんのに俺の前じゃそうじゃないってどういうことだよ」
「……」
「そんなのされたら、嫌いなのかって思うだろ?」
「しょんなことにゃいよ!」
タコの雅樹が前のめりになって訴える。眉根が下がって今にも泣きそうなその表情に、悠星は……。
「………ぶはっ!…くっ、ふふ、…はははははっ」
「………」
それはもう盛大に笑った。調子に乗って雅樹の頬をぐにぐにと回してまた笑う。そんな悠星をジト目で雅樹は見ていたが、それも関係なしに遊んで笑った、
せっかく真面目な話をしていたのに雅樹のせいで台無しだ。まあ俺のせいなんだけど。
腹抱えるくらい笑う悠星に好き勝手させていた雅樹だったが、一向に終わりを見せない悠星に焦れて、彼の腕をがしりと掴んだ。
ハッ、と雅樹を見ると、それはそれはいいエガオでこちらを見ている雅樹がいて――――…
「ご、ごめん、やりすぎた」
「悠星」
「や、あの、もうしないから」
「まだ何も言ってないよ?」
「いや絶対怒ってるだろっ」
「………はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
雅樹は前髪をくしゃりと握って深いため息をついた。びくりと肩を揺らし、後ろ手で木に縋り付こうとする悠星をぎゅっと抱きしめる。
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