56 / 68

◯昔のこと。

 誓二(せいじ)さんと初めて寝た時、あいつは俺の裸を見て「俺のΩが綺麗な身体でいてくれて嬉しい」なんて言ったが、意味が分かんなかった。単に見た目の問題か。それとも他の男と寝たことがないから? 女の子とは既にヤりまくってたがそれはノーカン?  後に知ったがそれは、避妊や断種の手術を受けさせられていないという意味だった。人口の0.01%ほどいるはずの男Ωのうち、完全な身体を持っている奴は珍しいらしかった。といっても、俺も薬物療法を長く受けていたので、Ωとしては半端者だろう。  「綺麗な身体のΩ」に出逢えたことが尚更、誓二さんに運命というものを確信させたようだったが、んなこと言ったら世の中のありとあらゆるものが運命で奇跡的じゃね? それより誓二さんと暁美(アケちゃん)の方が、俺には運命的に見えた。なにせ、俺みたいな異物が間に挟まってさえ、あいつらの絆は断ち切られなかった。まさに「死が二人を別つまで」  発情期の熱がようやく退いて、水が飲みたくなってふらふらと寝床を出ると、誓二さんとアケちゃんがソファに肩を寄せ合って映画なんか観ていたりするわけだが、俺はくそう、と思った。俺には惨めなΩの身体だけあって、そんな風に身を寄せ合う相手はもういない。Ωだから喪った。それもまた誓二さんは運命と呼ぶ。俺達が出逢うために仕組まれたことなんだと。死に別れた訳じゃないし、いいじゃないかって。  憎たらしいが、当時はどうしても悪縁を断ち切ることが出来なかった。Ωの(さが)に負けた。  発情期になったら誓二さんに甘えて熱を冷ましてもらえばいいなんて、都合のいい蜜月は短かった。 「私はαとΩの関係に理解があります」  初対面、アケちゃんは澄んだ笑顔で言った。俺は唖然として、食いかけていたグラタンをスプーンから皿に落とした。やけに高そうなレストランに誘われて、のこのこついてったらこの仕打ち。あいつに婚約者がいたとは。  アケちゃんは生まれつき子供のできない体質で、代わりにガキを産んでくれるΩ(おれ)の存在は願ったりだという。以来、アケちゃんは俺の世話係になった。交尾の後でぐったりしてる俺に水を飲ませたり、おしぼりで身体を拭いたりまでするんだ。中々、クレイジーだ。なんか怖いと思っても、俺に抵抗する余力はなかった。  俺は一生このまま、こいつらの為の産む機械として生きにゃならんのかと絶望しかけた頃、アケちゃんは不慮の事故であっさり死んだ。そして、俺の胸で誓二さんが子供のように号泣するのを見たとき、嘘みたいにすぅっと気持ちが鎮まって、もうコイツと関わるのは止めようと思えた。  その後、知玄と番になったお陰で、誓二さんとは完全に縁が切れた、はずだった。  ところがあいつはまた俺の前に現れ、例の運命とやらを持ち出して迫った。喪うのが嫌だったら番になれと。俺には確かに、絶対手離したくないものがある。だけど俺はもう、誰の手も借りないと決めたんだ。

ともだちにシェアしよう!