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◯もっと早くに言いたかった。

 花六(はなろく)に吼えられて後ずさるサイトウくんの顔が、ごめんなさぁい! って謝る時の知玄(とものり)に、ヤベェぐらい似ている。  俺も、花六みたいに秒速で吼え返すことが出来てたら、こんな状況にはなってねぇよなあ。いや、今更後悔したって仕方ねえけど。別に悪ぃことばかりじゃねえと思うし。  なんてまた油断してたから、心臓が止まるかと思った。 「もしかしてお兄さんがよく僕に言う番って、そういう意味なんですか?」  知玄ィ!?  びっくりし過ぎて言葉が出ねぇ。   少し経って、知玄は俺の顔を覗き込んで言った。 「お兄さん、僕、なんか変なこと言いました?」 「いや、言ってねぇけど……」  だってその通りでしかねえもん。すると知玄はホッとした様子で「なんだぁ」と言った。 「やっぱりお兄さん、僕達のことをαとΩの番みたいに特別な関係だって言ってくれてたんですね! うふふ、なんか嬉しいなぁー」  おいおいおいおい、冗談だろ。そこまで解っといて、まさにお前がαで俺がΩだってことに、気付いてねえのかよ。マジかぁー。でもいいか。気付かないなら気付かないで。知玄には一生、教える気はねぇし。  問題は親父だよな。なんて説明しよう。性格上、あまり変なことは言わないだろうけど……。でもわかんねえか、親が腹ん中で何考えてるかなんて。なぎさから謝られた時のことを思い出す。「うちのお父さんとお母さんがΩをそんな風に思ってたなんて」ってなぎさは大泣きしていた。  急に北風が冷たい。犬達は充分歩いたろ。二匹ともちゃんとウンコしたし。さて、そろそろ帰ぇるか。  帰ったら事務所に誓二(せいじ)さんが来ていて、親父と話していた。なんか嫌な予感がする。俺が事務所に入ると、親父は便所だといって入れ替りに出ていった。 「よぅ、アキ」  誓二さんはソファから立ち、両手を広げて俺に近付いてきた。後退った俺の肩に、誓二さんは素早く腕を回す。 「何しに来たの」  誓二さんは俺の質問には答えずに、耳許に囁いた。 「一緒に暮らそう」  俺は誓二さんの腕を振りほどいた。 「まさか、俺がΩだって、親父にバラしてないよな?」 「これから言うところだった。本家のお養父(とう)さんにはもう話した。元々、俺に跡目を継がせる気だったから良いってさ。アキが子供を産んでくれれば、井田の血筋も絶えないし」  カッとなって気が付いたらブッ飛ばしていたし、俺を見上げてくる顔に更にムカついて鳩尾に足をめり込ませていた。親父と知玄の二人がかりに取り抑えられながら、俺は誓二さんに思いの丈をぶち撒けてしまった。口からスラスラ出てくる言葉に、俺ってこんな風に思ってたんかと自分で感心してしまった。  単純眠いし暴れ疲れたから、夕飯も食わずに薬を飲んで布団に潜り込んだ。知玄は来ない。もう二度と、俺の隣には来ないかも。  まあいいよ。どの道、一緒に居られる時間はもう長くはなかった。それが少し、短くなるだけだ。

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