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序章 第2話
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「須賀真澄 さんのバース性はオメガですね」
一週間後、バース検査の結果を聞きに大学病院やってきた俺を置いて、世良は用事があると出掛けて行った。病院が終わるころに迎えに来る。という世良にゆっくりしてこいと見送って検査の結果を待った俺に、医者が放った言葉は、無情にも最も欲しくない回答だった。
あの日の翌日にすぐ血液検査を受けに行って、結果が出るのは一週間後だと言われたときは俺は処刑台に立つ死刑囚のような気持ちだった。あの不良たちは俺をオメガかと問うたが、果たしてどうなのか。できればベータがいいと願う。平々凡々が一番。平凡万歳と祈る俺に、世良が契約してくれた最新機種のスマホでバース性やこの世界についていろいろ調べたりしたが、やはり俺はどうやら違う世界に来てしまったようである。
歴史も少し違うし、有名人も知らない顔が何人もいて全員バース性を公開している。
偏見に包まれたこの世界ではオメガはどうやら長い間蔑まれて生きてきたらしい。
―ベータなら今までと変わらない。ベータであってくれ。
その願いもむなしく、医師が告げた検査結果はオメガだった。
何かの間違いか、と思ったが残念なことに結果が書かれた紙には"男性―Ω"の字が書かれている。視界が真っ暗になりそうだった。
あの時の不良たちのカンは当たっていたのだ。
医者に注意事項を聞き、窓口で抑制剤をもらってくださいと言われてお礼を言って診察室を後にする。
しばらく待って窓口に呼ばれ、世良から預かった財布から会計を済まし、抑制剤を受け取って病院を出る。
世良に終わったとラインを送ると一時間で迎えに行くから近くの喫茶店にでも入ってろと返事が来た。
近くの喫茶店といえば検査を受けに来た時に世良と入ったところがある。ここから歩いて五分ほどのところだ。そう遠くはない。店名を上げてメッセージを送れば、分かった。と返事が来た。
足取りは少し重い。
世良のことだからきっと気にすることじゃねえよ、と笑ってくれるだろう。この数日で彼の性格が多少掴めている。
そういえば、アルファはオメガのフェロモンを嗅ぐとラットを起こすと見たが、世良は大丈夫なのだろうか。発情期というのがあって、その期間オメガに近付くとアルファは理性を失ったようになると書いてあったが、その辺もちゃんと話がしたい。
てくてくと歩く道すがら、ふと、喫茶店のすぐ近くの路地からうめき声が聞こえた気がして足を止める。
耳を澄ませて聞いてみると確かに物音とともになにか苦しそうな声が聞こえてきた。
「誰かいるのか?」
気になってのぞき込む。面倒ごとは嫌いだが、人が怪我でもしていたら寝覚めが悪い。薄暗いそこに視線を向けると、倒れている人を見つけて慌てて駆け寄った。
息はしているし、そんなに重体でもなさそうだ。
殴り合いの喧嘩でもしたのだろうか。頬が少し痛々しい。
「大丈夫ですか?」
とりあえず声をかけると、少し長めの前髪から黒い双眸がこちらをじっと見る。持っていたハンカチで切れた口の端を拭おうとすると腕を振り払われた。
「触んな」
一言、拒絶されて、イラっとした。なにが触んな、だ。怪我をしていたら誰だって心配するだろう。腹が立つので痛がるのも無視して乱暴に口の端の血を拭う。
「こんなところで倒れているから声かけられるんだろ。なにやったか知らねえけど人に触ってほしくねーなら怪我してこんなとこで座りこんでんじゃねえよ、ばーか」
フンと鼻を鳴らして立ち上がる。ハンカチはやるよと呆然としている男に言った。
そこまで重症じゃないなら一緒に居てやる必要もない。俺は喫茶店に向かおうとくるりと背を向けて立ち去ろうとした。
「あんた、俺に興味ないのか?」
「はあ? 自意識過剰かよ? やめてくれ。俺はノーマルなんだ」
話しかけてきた男に気持ち悪いものを見る目で言った。そこまで言って、この世界にはノーマルもくそもないことに気付く。
男は少し黙って、俺が急いでいるから、と歩き出そうとしたのを見て焦ったように口を開く。
「俺は槙 。お前は? また会ったら、ゆっくり話がしたい」
ゆっくりって、何を話すんだ。気持ち悪い奴だな。
まあ、礼がしたいということだろう。俺は気にするなという意味も込めてひらひらと手を振って答えた。
世良孝明 は春に教師としてとある学園に着任することが決まっている。
喫茶店で紅茶を飲んで待っているとちょうど一時間経った頃に世良が入ってきた。
時間通りだなと思って持っていたスマホを閉じる。
世良が待たせたなと前の席についてコーヒーを頼むと、カバンから紙束を出した。
「真澄、お前本来なら高校生だろう? 学校行かねえとまずいと思ってな、パンフレットを用意した。目を通せ」
「…俺は通えないだろ」
「この学校は俺が春から行く高校でな、理事長にも話は通してある。今学校通ってなくても大丈夫だと。あと、これはお前の身分証だ」
「…は?」
何を言っているか理解ができない。高校に行けるのは嬉しいことだが、俺の籍とかどうなってんだ?
説明しろという目線をぶつけると世良はにやりと不敵な笑みを浮かべて、大人の事情は探らないもんだぞと宣う。食い下がると籍がどうなってるかくらいは教えてやろうということで、今俺が世良の養子となっていることが分かった。ただ、学校は希望すれば須賀で通えるらしい。
これ以上は答えないという笑顔の世良に負けて、俺は高校のパンフレットに目を通す。
受け入れてくれるところがここしかないっていうのと、やはりこんな世界だ。心配してくれいるのだろう。自分が教師として勤める高校に通わせてくれるとは。
パラパラと捲って、少しすると世良を恨みがましい目で見つめる。
「"全寮制の男子校"ってなんだよ」
「その名の通りだよ」
はーっとため息を吐く。
そう、鴻上学園 と書かれたそこは、全寮制のおぼっちゃまが通う男子校だった。
世良はやはりアルファだけあって金は有り余っているといっているが、あまり迷惑はかけたくないしな。と考えて特待生制度という項目に目を通す。
Sクラスを除いたAからGのクラスのどこかに在籍できる特待生は、一学年五人までしか枠がなく、もし特待生になれば食堂は無料。購買やショッピングモールで割引があるという。
ちなみにこのショッピングモールは学園の敷地内にあるらしい。広すぎないか。
「編入、になるのか?」
「とおもったんだがな。お前の世界では夏、こっちは冬。時期がずれてることも考慮してお前は今中学三年ってことにしておいたから、まあ、もっかい高校入試だな」
「ああ、そういうことか。確かにズレてることを考えたらその方が都合がいいか」
「そういうことだ」
ふうん、と頷いてパンフレットを閉じる。
特殊な学園だが俺の目が届くほうが過ごしやすいだろ? という世良の意見には一理あった。
紅茶に口をつけて一息吐く。俺が、じゃあ、勉強頑張らなきゃな。というと世良は俺の頭を撫でてわかんねえとこは見てやるよ。と破顔した。
その日から受験勉強の日々が始まった。世良のバックアップもあって、俺はかなりハイレベルな問題も簡単に解けるようになって、倍率が高いと言われているらしい鴻上学園の特待生枠をもぎ取った。
元々頭は悪くはないのだが、如何せん世良の教え方がうまいのだ。不安だった歴史も自己採点ではいい点を取れていたように思う。
そうして、俺はこの鴻上学園へと足を踏み入れた。
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