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1章 第4話

***  その夜、俺はある人物と電話をしていた。  五月までに、俺は編入生がどんな人物か知っておこうと考えて情報を得るのが早い人物、フォックスにラインを送る。通常フォックスのラインは知っている人間は早々いないのだけれど、俺は世良を通じてコンタクトを取っていたので知っているのだ。  今日連絡することはあらかじめ伝えていたのでツーコールで電話に出た相手に要件を告げる。 「今予定されている新歓以外の回避不能の五月の一大イベント……それについて教えてほしい」 『……新歓以外なら……編入生のこと?』 「話が早いな、その編入生について知りたい。なにか知っているか?」  問うと男はうーんとうなって少しして『まあいいか』といった後、誰にも言わないようにね。と付け足した。 『名前は狩野雅貴(かりのまさき)。理事長の甥っ子で喧嘩っぱやい性格。人の話はあんまり聞かないかなあ。で、その喧嘩のし過ぎで問題起こして、前の学校にいられなくなったってのが編入の理由。編入試験は満点だったらしいね。バース性はアルファ。鍵の戸締りはしっかりした方がよさそうだよ、真澄くん。君の部屋以外に他に部屋が空いてなかったみたいだし仕方ないのかもしれないね』  あっさりと編入理由まで言ってのけた男の告げたバース性に、携帯を落としそうになる。意識がぶっ飛びそうな程、言われた言葉に眩暈がした。まじかよ、と呟いた言葉に、フォックスがくすくすと笑う。  まさか同室者がアルファだなんて、益々気が抜けない。気が遠くなりそうになっていると、フォックスが笑いながら世良の名前を出した。 「世良先生も心配性だよね、まあ、同室にもなるとそりゃそうか。ここ最近頑張っていたけど、まあ、無理なものは無理だよね」  そう言われて、ハッとする。世良が最近妙に眠そうだったのを思い出す。フォックスの言う通り、恐らく世良はギリギリまでなんとかしようと動いていたのだろう。表向きベータの自分がいかに自然に同室を回避するか、悩んで悩んで、それでも無理だった。  生徒には隠さなければならないから、表には出していなかったが、陰ながら頑張っていたのかと考えて胸が擽ったい気持ちになる。 「そうか、わかった。ありがとう」  電話向こうのフォックスに礼を言って通話を切る。相手も口調は軽かったがおそらく結構心配してくれているのだろう。切る瞬間に『本当に、気を付けてね』と念を押された。  もう引退したとはいえ、さすがに情報が早いな。と思う。"FOX"という名前で活動していた時のことは知らないが、この情報の速さなら全盛期になんでも知っていると言われるくらいだったのは理解出来る。  かつて、情報屋だった彼を思い浮かべて感謝の気持ちを抱きながら、俺は自室のベッドへとダイブした。  編入生がアルファなら、恐らくヒート期間中は抑制剤が手放せないし、部屋の鍵は二重ロックをしっかりしなければならないだろう。この世界のヒート期間は、一か月に一回、五日間から七日程度続く。その期間理性のない相手から自分の貞操を守るなんて、はたしてできるだろうか。  ……ヒート期間中だけ、世良のところに行くのはダメだろうか。  世良は教師なので一人部屋だし、彼なら自分に手を出すことは絶対にないと信じている。だから、世良の部屋に行く方が何かと安心だろう。きっとダメだろうけどな。  表向きはベータとはいえ、ヒート期間中にオメガの生徒がアルファの教師の部屋に行くなんて、あってはならないだろうし。  もし誰かに知られたら大事になる。  はあ、とため息を吐く。憂鬱な気分になって、天井を見つめる目をそっと閉じた。面倒なことになった。平穏な日常が崩れて行きそうな雰囲気に、鬱屈した気持ちを晴らそうと、俺は欠伸を一つ、それと、大きく伸びをした。 「心配しなくても大丈夫だよ。うん」  世良からかかってきた電話に出ると、狩野がアルファだと聞いたか? と開口一番にそう聞かれた。ああ、と答えると、そうか……とだけ呟いて、世良はほっと息を吐いた。  フォックスの言う通り、心配性な世良は「何かあったらいつでも頼れ」と言って電話を切った。“何か”がないように努めるつもりだが、もし万が一があれば遠慮なく連絡しよう。そう考えて、俺は眠りについた。 ***  それから数日経って、五月の上旬。学園内はもうじき入ってくる編入生の話題で持ち切りだった。案の定どこかから情報を仕入れてきた生徒が噂を広めたらしい。今やどこに行ってもその話題だ。 「ますみん。編入生ってどんな子かな~」 「誰がますみんだ。知らねえよ」 「王道にオメガのもっさり変装美少年来ないかな~!」  食堂で昼食を取っていると隣に座る頼人が声を上げた。希代頼人は俗にいう腐男子というやつである。俺の居た世界で腐女子が割とオープンになった中、腐男子はまだまだ肩身が狭いとぼやいていたクラスメイトがいたのでなんとなくその存在は知っていた。 だが、この世界の腐男子の定義は、いまいちよくわからない。 「そもそも王道ってなんだよ」 「知りたい? 知りたいの? ますみん」 「いや、遠慮しておく」  にやにやと笑う頼人から顔を背けて自分の前にある焼き鮭定食の続きを食す。ちぇーと顔を膨らませて、食べかけのハンバーグ定食の続きに取り掛かる頼人に、王道について聞いていれば、恐らく昼休みは潰れていただろう。 ―まだ一般生徒には編入生の性別は漏れていないのか。  ふと頼人の言葉を思い返して、そう考えた。  ということはその編入生が俺の同室になることもまだ知られていないだろう。知られたところで、という感じもするが、顔のいいアルファだとしたら、すぐに親衛隊ができて、目を付けられるかもと思うとぞくりとする。  昼食を食べ終えて教室に戻ろうとすると、突然入り口付近がわっと騒がしくなった。   隣に立つ頼人が「生徒会と風紀委員だ~!」と一人で盛り上がっている。  今日は、風紀委員長と会長と、あと会計がいるのか。それは歓声も一際大きなはずだ。生徒会の親衛隊は一番規模が大きくて、中でも会長と副会長、それと会計の親衛隊は特にでかい。その三つは所謂過激派と言われていて、会計のところなんて、会計が一言、気に食わないだとか、邪魔とでも口にしようものなら、酷い制裁があるって噂だ。恐ろしい。  一方で、風紀委員会の人間は原則として親衛隊は作れない。が、個人の非公式ファンクラブというものが存在しているらしく、委員長と副委員長なんてすごい人気があるらしい。ま、兎に角どちらも人気がすさまじいのだ。  ちなみに、会長の原田浩一(はらだこういち)と風紀委員長の槙宗一郎(まきそういちろう)は犬猿の仲だとか。今も入口が吹雪に見舞われているような錯覚が。  いがみ合う会長と風紀委員長をウルフカットの茶髪にグレーの瞳のチャラい見た目が特徴的な会計が煽っている。やっちゃえやっちゃえと扇動する会計、百合成瀬(ゆりなるせ)に煽られて、会長が風紀委員長に嫌味を言って、言われた委員長が言い返す、という不毛なやり取りを繰り返している。  あほらし、大体扇動している会計が悪いだろうに、と思ってちらりと百合を見ると、ばちりとグレーの瞳と目が合った気がするが、きっと気のせいだ。  三人が一般生徒立ち入り禁止の、役員と教師専用の二階席に上がっていくのを確認して、俺は萌えで死んでいる頼人を引き摺って教室に戻った。

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