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1章 第5話

***  それからまた時は少し経って、ついに編入生がやって来る。  今日は日曜日。寮長から、昼頃に到着予定と聞いていたので。のろのろと起きて用意を始める。欠伸をしながらベッドを降りて、まずは髪をカラースプレーで黒くして、カラコンを着ける作業から始めようと洗面所に向かう。  今日のやることをリスト化して頭の中に浮かべながら洗面所のドアを開けようとしてドアノブを握った時だった。  ドサリ、とすぐそばでなにかが落ちる音がして視線をそちらに向ける。もっさりとした鳥の巣のような黒い髪にビン底眼鏡をかけた少年が、玄関で口をぱくぱくと開閉しながら立っていた。髪の毛のせいでよく見えないが、赤面していないか? 「て、て、天使…………」 「は?」  ちょっと何を言っているのかわからない。  混乱していたのか自分の言っていた言葉に俺が反射で即答すると、はっとしたように少年はこちらへ歩み寄ってきた。 「お、俺!狩野雅貴っていうんだ!雅貴って呼んでくれ!あんたは?」  元気よくはきはきとした声で言う少年、狩野雅貴に俺は内心マジかよと嘆く。まさか寄りにもよって編入生に見られたのか。というかそれしかないが。  世良曰く、「絶対危険だから極力見られんなよ」との話だったのだが、なぜこんなことに。  リビングルームに飾っている壁掛け時計を見るとまだ十時を回ったところだが、狩野の到着時間が変わったのなら連絡が欲しかった。なんて嘆いても仕方がないな。 「須賀です。よろしくね」  なるべくお近づきにはなりたくない。そういった意味も込めて多少口調を丁寧にしたが、どうやらそれは不服だったらしい。  頬をぷくりと膨らませて狩野はいかにも不満です。といった態度を取った。美少女ならまだしも、頭に毬藻をのっけた男がやってもな。 「他人行儀だなー! タメ口でいいぞ!! 同い年だろ? なあ、下の名前は? 俺のことは雅貴って呼んでくれよ! 俺、あんたと仲良くなりたい!!」 「…………………はあ………須賀。須賀真澄ね。一年B組。これでいい? 雅貴くん」  名前を答えるまで引きませんというような雰囲気の狩野にめんどくさそうな空気を感じてため息を吐く。いちいち声がでかいし、言葉数も多い。もう少しこちらのことも考えて話をして貰えないだろうか。  極力かかわりたくない相手だと思うので、敢えて距離感のある話し方にしたがそれには気付かれてないようだ。 「真澄か! よろしくな!!」 「………よろしく」  フォックスの言う通りだ。なんで下の名前で呼ぶんだろう。馴れ馴れしい。  名前が分かって嬉しいのか、狩野は機嫌良さそうにニコニコと笑っている。いや、顏がよく見えないので口元が弧を描いているのを見てそう判断したのだが。  とりあえず、まだ顔を洗っていないので洗面所のドアノブを捻る。  後ろで狩野が俺に話しかけたそうにしているが俺は気付いてないふりをしてさっさと顔を洗ってカラーコンタクトをつけた。 カラースプレーに手を伸ばしたところで漸く、狩野が声を掛けてきた。 「そんなん持ってどうすんだ?」 「……髪の毛を染めるんだよ、一時的にだけど」  ええ、と大きな声でもったいないと騒ぐ狩野に一々説明するのがめんどくさいとため息を吐く。 「いい? 雅貴くんは知らないのかも知れないけど、この学園はちょっと特殊だから目立つことは避けないといけない。少なくとも俺は目立ちたくない。なのでこの目立つ髪は黒にするし、目にはカラコンを入れる。わかった?」  子供に話しかけるようにわかりやすく言うと、狩野はなるほどと頷いて納得したのか、深く頷いて、どたどたと自分の荷物を部屋に運び込みに向かった。 (あの声の大きな馴れ馴れしい奴と俺は毎日を過ごさないといけないのか)  深くため息を吐いて髪を染めた後、リビングに行くと狩野がニコニコと笑って近づいてくる。何事だと思いつつ、二人掛けのソファーに座ると隣に狩野も腰を下ろす。  ニコニコと笑いながらこちらを見つめてくる狩野に俺は動揺を隠せない。 (まさか、懐かれたか?)  瞼に手の甲を押し当て少し唸る。どう見たって、狩野のそれは気に入った相手にするそれだ。まさかこんな簡単に懐かれるとは思ってなくて予想外のことに頭を痛める。しまった、世良に笑われてしまう。  どうすべきか考えながらローテーブルの上に置いてある本の横にある伊達メガネを手に取ってかけた。 「あの、雅貴くん」 「なんだ?」 「なんでそんなに見つめてくるのかな?」 「見たいから!」  見たいから、ねえ。俺は見られたくないんですが……。  ソウデスカ。と答えて本を手に取る。こうなればもう読書に逃げるしかないだろう。  結局狩野は俺が読書を始めても、ずっと俺をニコニコと見つめていた。 ***  時刻は正午を少し過ぎた頃。俺は狩野と食堂に来ていた。寮長からのお願いで、食堂を案内する役目を受けていたのだ。勿論、これと二人は嫌だったので、頼人をラインで誘ったが、何故か「巻き込まれイベントキターーー!!」としか返事がなく、部屋に迎えに行ったら「一緒に行くのはやめとくよ」と満面の笑みで断られた。あの野郎。  そして、今、俺はここに狩野と二人できたことを後悔している。 「ねえ、君名前はぁ?」 「雅貴とはどういった仲ですか?」  背中にだらだらと冷や汗が垂れる。目の前には生徒会の会計、百合成瀬と副会長の湊律(みなとりつ)、書記の唯川桔平(ゆいかわきっぺい)と、それから風紀委員長の槙宗一郎が俺たちを取り囲むようにして立っている。帰りたい。助けてくれ、世良。 「やめろよ! 律! 真澄が怯えてるだろ!」  おい、名前を呼ぶな。あと怯えていないぞ。俺は。断じて怯えていない。  全員がじっと俺を見る。本当に勘弁してくれ。  食べていたカレーうどんが冷めてしまう。対応に困っていると、間延びした声が俺に話しかけた。 「真澄くんって言うのー?」  聞いてきたのは会計の百合成瀬だ。  染めて傷んだウルフカットの茶髪から覗くグレーの瞳が、俺を射抜く。俺はこの男が生徒会の中で一番苦手かもしれない。目つきが怖い。あと、ヤリチンという噂がある。 ―それを聞いてから、こっそり影で歩く下半身男と呼んでいたりする。バレたら怖いので、ほんとにこっそりだけど。 「須賀です。須賀……真澄」  極力名前を名乗りたくないが、名乗らなければ名乗らないで興味を引いてしまうのは逆に良くない。そう考えて不服ながらも名前を名乗る。  名字で呼んでくれという気持ちを込めて言ってみたが、会計はふぅんと怪しい笑みを浮かべて伝わっているのか分からない。  会計にばかり意識を持っていかれていたが、よく考えるとここには他にもいるのだ。内心頭を抱えていたら、ずっとこちらを凝視していた風紀委員長に話しかけられた。 「去年の冬、俺と会わなかったか?」 「………え?」 「槙っていう名前に覚えはないか?」  あまりに真剣な表情に、俺はびっくりして、去年の冬、槙、槙……と繰り返し思い返してみる。なんだか覚えがあるような、ないような。そんな気がしてきた。うーんと難しい顔をしていると横から狩野に袖を引っ張られる。 「うどん、食わねえと伸びるぞ。さっさと食っちまおうぜ」 ―……お前、この状況でよくそんなことが言えるな。  百合は向かいに座っているし、副会長の湊律は笑顔で目の前に立っている。 書記は無口な人なのか黙って会計の隣に腰を下ろして昼食を注文しているし……というか、まさかここで食べるのか?  四人の視線に見つめられながら、というか四人どころじゃなく食堂中の視線を集めてうどんなんて啜れるはずがないだろう。  そもそも、この狩野が副会長と知り合っていたことが計算外だったのだ。食堂に来た副会長が真っ先に狩野の元にやってきて、雅貴と呼ぶものだから、俺はぎょっとして目ん玉が飛び出るかと思った。 一体どうすればこの現状を打破できるだろうか。  俺は遠い目をして不思議そうにこちらを見てくる狩野を見た。 ―……この空気を、一切読んでいないんだな。お前

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