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1章 第6話 side狩野
side狩野
おかしいんだ。俺だって殴りたくて殴るわけじゃない。喧嘩したくてしたわけじゃないんだ。ただ、向こうが、絡んでくるから、邪魔だから相手しただけ。
ベータの癖にアルファに逆らうのが悪いって、そうは思わないか? だって、なんのとりえもないんだぞ。オメガのことだって、ヒートから解放してやれるわけじゃない。
いくらベータがオメガを愛したって、最後にはアルファが、番にしたらおしまいなんだ。だから、それを教えてやった。それだけなのに、喧嘩したベータの兄が優秀なアルファだったとかで、あっという間に学校を追い出された。仕方なく俺は、全寮制の男子校の理事長をしている叔父に泣きついたけど、ほんとはこんなとこ、嫌だなと思っていた。
その人に、会うまでは。
天使が居た。そこに、紛れもない俺だけの天使。
部屋を開けて中に入り、靴を脱いで立ち上がった時、彼が部屋から出てきた。
目にかかる長さの前髪を四割ほど右に流し、短めのプラチナブロンドの髪を耳にかけ、細い手でドアノブを掴む。その横顔があまりに綺麗で、俺は持っていた荷物をドサリと落とした。
彼がこちらを見る。天使が、俺をその瞳に映す。その翠色の瞳が俺を捉えた瞬間、ドキリと心臓が高鳴った。あまりにも美しいその容姿を、天使だと形容したら、不服そうな返答が返ってくる。
―この人に、名前を呼んでほしい。この人の名前が、知りたい。
駆け巡る欲求が口からこぼれ出るように、俺が話しかけると彼は丁寧な口調で距離を取るように話す。
そんな他人行儀な態度、取らなくったっていいじゃあないか。俺は仲良くなりたいのだと彼に主張する。
こんなに美しい人と出会ったのなんてはじめてなんだ。
もしオメガなら、番になって欲しい。いや、きっと彼はオメガだ。そうに違いない。だって、俺のカンは当たるから。
俺の精一杯の主張が彼に伝わったのか、ため息を吐きながらも名前をちゃんと教えてくれる。
同じ学年だけどクラスが違うのが少し残念だが、俺の名前も呼んでくれて俺は満足だ。自然と顔に笑みが浮かぶ。
もっと真澄と話がしたい。沢山話しかけてもいいだろうか。
考えていると、真澄が洗面所で顔を洗っているかと思いきや、黒いヘアーカラースプレーを手に取ったのが見えた。
「そんなん持ってどうすんだ?」
思わず、声を掛ける。少し間を置いてちょっとめんどくさそうに真澄が答えた。
「髪の毛を染めるんだよ、一時的にだけど」
「……なんでだよ! もったいないな! せっかく綺麗なのに!!」
言われた言葉に少しきょとんとして、すぐに俺がそういうと、またため息を吐いた真澄が優しい口調で理由を説明してくれる。なるほど。目立ちたくないなら仕方ないか。
こんなにも綺麗なんだ。他にも真澄を好きになってしまう人が出てくるくらいならその方がいい。ライバルは少ない方がいいっていうしな。
そう納得すると俺はまだ荷物を片付けてないことを思い出して、慌てて部屋に運びに向かう。後ろで一際大きなため息を吐く音が聞こえた。
俺はなんでだろうと首を傾げたが、それもすぐやめて荷物をさっさと片づける。考えても分からないことは、深くは考えない主義だ。だって、それに捕らわれる時間がもったいないだろう? 考えても、わからないものはわからないから。それに俺は愛される人間だ。今、面倒だと思っていても、真澄もきっと俺を好きになる。
そうしたらため息なんて吐くこともなくなるだろう。
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