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1章 第17話

***  午前の授業が終わって昼休み。いつものメンツの四人で昼ご飯を食べようと席を立った。頼人と田島が購買に飲み物を買いに行くというので俺と我妻は二人で中庭に先に足を運んだ。 教室で食べようという俺に絶対中庭がいいとわがままを言う頼人と言い争ったが、結局押しに負けてしまった。 「中庭のベンチ、開いててよかったね」 「ああ」  我妻と二人でベンチに腰を下ろす。男四人で並んで中庭でご飯とか、一体誰得だろう。頼人得か。  今朝、早起きしすぎたので弁当を狩野と頼人の分を含めて三つ作った。 グループメッセージに今日は弁当と送ったら我妻が自分と田島の分を準備するのは分かっていたので、自炊ができない頼人の分と、自分の分は俺が用意するのが決まりだ。狩野の分は単純についでである。食材が余ったのでな。  頼人と書かれた黄色の二段弁当を俺の左隣に置いて、先にご飯を食べ始めようかと我妻と弁当を開ける。見かけによらず大食いの我妻の青い弁当箱は相変わらず幅広で三段ある。一緒に作ったであろう田島の黒の弁当箱が二段で、決して小さくはないはずなのに、何故だか小さく見えた。 「いただきまー」 「ちょっと!」  我妻と二人で手を合わせていただきますと言おうとした時だった。  一人の可愛らしい生徒がやってきて俺の前で腕を組んで話しかけてくる。誰だこの人といった目線をぶつけるがしかしその人はそんな視線を気にも留めず、話し続けた。 「君が須賀真澄?」 「………そうですけど」 「ふーん、ちょっとついて来てよ」 「はあ……」 「早く!!」  ぷんすこ怒っている様子の彼は、俺に背を向けてすたすたと歩き出す。俺は心配そうな我妻に「ちょっと行ってくる」とだけ言ってその後を追った。  それにしたってこの人は何に対して怒っているのやら。なんとなく想像ができるのが少し悲しい。 「で、ご用件はなんでしょう?」  中庭すぐ近くの校舎一階の空き教室に案内されてとりあえず呼び出された理由を尋ねる。  キッと振り返った美少年は俺の方にずいっと顔を寄せてきた。びっくりして少し後退ると彼はふんと鼻を鳴らして再び離れて腕を組んだ。じとりとした目が俺を睨む。顔は綺麗なのに気が強い男だな。 「君、百合先輩のなんなの?」 「なにって…」  俺が聞きたいけど、と呟くと彼は大きな瞳をキッと鋭くしてこちらを指で刺した。驚いてびくりと体を揺らす。 「百合先輩だけじゃないよね! 原田先輩や槙先輩、それに世良先生まで! どうしてみんな君を構うのさ?」 「いや、どうしてって言われても……世良先生に関しては担任で顧問だからとしか……」 「ウソ! 世良先生はよく君を呼び出してるし、同じ文芸部の希代くんより気にかけて貰ってるじゃない!! それに、新歓の時! 君をお姫様抱っこして保健室に運んでるの、僕見たんだからね!!」 「ええ……」  びしりと言われた言葉に何も言い返すことが出来ず、確かに俺は構われすぎてる気がするなあとぼんやり思う。いや、新歓のは初耳だが……、迂闊すぎるだろう世良。  後で接触するのはほどほどにしようってライン送っておかないとな。  目の前の美少年をちらりとみてうーんと首を捻る。  なんでみんなが俺を構うのか? そんなの本人たちに聞いてほしい。俺が知るわけがないだろ。 「とにかく、俺は世良先生のクラスの生徒ってだけだし、ほかの人とはなんともないからなんで構われるのか聞かれても困ります」 「ーっ、そういってごまかそうとしたって騙されないぞ! どうやって誘惑したんだ!」 「誘惑? 誰を?」 「そんなの、ゆりせんぱー」 「俺に決まってるよねぇ」  ビクッと体が跳ねる。俺の肩に誰かの顎が乗ったとわかる。その誰かなんて、もうわかり切っている。  聞きなれた百合の声が言うと同時、目の前の少年の顔がみるみる蒼くなっていく。  俺からは百合がどんな表情をしているかはわからないが、きっと相当だ。目の前の少年の顔色はますます悪くなっていく。  百合が俺の顏の横で手をばいばいと振ると、少年は「覚えていなよ、須賀真澄!」と叫んで去っていった。  残された教室で俺は自分の低かったテンションがさらに下がるのを感じる。肩に乗った顎の主に声を掛けると、彼は明るい声音で返事をした。 「なんでここに百合先輩がいるんですか?」 「んー? 真澄くんのお友達の可愛い子が中庭で弁当を四つ見張りながら困っていたから声を掛けてみたら、真澄くんが美少年に呼び出されてついて行っちゃったっていうから、探しにきただけだよ!」 「……そうですか。それは、っと、ありがとうございます」  百合を肩からどかして一応礼を口にする。別に制裁というわけでもなかったし、特に問題はなかったのだが、助かったことに変わりはない。 「ふふ、いいよ。気にしなくて」  にっこりと笑う百合と空き教室を出る。  中庭に向かって歩いている最中、なんだか嬉しそうな百合に話しかけられて、適当に返事をした。それで満足したらしい百合がますます笑顔になるので、俺の頭は混乱するばかりだったが、考えても仕方のないことなので、もう触れないことにした。。  目的地である中庭に着くと我妻と、我妻に合流した頼人と田島がこちらを見てほっとした表情を見せる。  お待たせと言うと頼人が怒った様子で頬を膨らませた。 「んもう! なんで一人でついて行っちゃうかな、真澄くんは! 危機感足りてないよ!!」 「悪かったって。何にもなかったから、な」  ぷんすこ怒っているといった様子の希代に軽く謝罪をしてベンチに座る。膝に我妻に預けていた自分の弁当を乗せて、一息ついた。  早く食べないと昼休みもそこそこ時間が経ってしまっている。  頂きます。と手を合わせて弁当を開こうと手を掛けた時、俺の前にしゃがんでニコニコと笑う百合の顏が視界に入る。なんだこいつ。 「ね、真澄くん。俺ね、今日と明日、生徒会の仕事結構あるんだー」 「……はあ……頑張ってくださいね」 「ふふ、でね。ついさっき生徒会室に雅貴が来てたんだけどぉ、今日の弁当、真澄くんが作ったんだってねぇ?」 「あー……ええ、まあ」  ニコニコ。ニコニコニコ。  百合は笑みを崩さない。機嫌がいいのか何なのか。  それにしたって今日は回りくどい言い方をするな。  弁当箱をパカっと開いて自分の作ったご飯を見る。なかなかいい出来だと少しにやつきそうな顔を抑える。 「俺も真澄くんの手作り弁当、食べたいな」  ニコッと綺麗な笑みを浮かべて首をコテンと傾げる。  とても可愛いそのしぐさを我妻や、まあ少し不服だが頼人がやったなら、素直に可愛いと思っていられただろう。だが、相手は百合。残念ながらそういう気持ちは抱けない。  なんて返そうか考えて百合の顔をじっと見る。  何考えてるかわからない笑みをただ浮かべて俺からの返事を待つ百合。正直なところあんまりかかわりたくないし、関わらないためには弁当を作らないっていう選択肢がベストなんだろうけど、この男の行動は読めないので安易にその返事をすることは憚られた。  俺がなにも言わずに考えを巡らせていると、百合がその綺麗な笑みを崩さないで言う。 「ね、いいでしょ?真澄くんの手作り弁当、食べたいなあ」  すっと細められた目が蛇を連想させる。まあ俺は蛇が嫌いなわけでも苦手なわけでもないし、生憎気が弱いわけでもないからそれがどうしたって感じなんだけど。  頼人たちは空気を読んでいるのか何も言わない。田島と我妻ははらはらした様子で事の成り行きを見守っているし、頼人は頼人でじっと百合を見ている。その瞳にいつもの明るさはない。  このなんとも言えない空気をどうにかすべきか、と考えて俺はため息をひとつ吐いて答えた。 「一回だけですよ。そんな毎日とか作るわけじゃないんで」 「ほんと?嬉しいな、楽しみにしているね」 「……」  楽しみにされるほどの腕前ではないけど、という言葉は飲み込んでおいた。別に料理が特別うまくなくてもこいつには関係なさそうだし。  美味いか美味くないかじゃないと思うんだよな。恐らく、だけど百合が求めているのは俺が百合のために弁当を作るという事実だけな気がする。  単純に俺の料理が食べたいなら今ここでおかずの一品でも取ればいいし、そうしてから味が気に入ったならまた改めて弁当を作れと言えばいい。まあ、もし俺のおかずを取ろうというのなら、全力で手を払う気では居たが。  用は済んだのだろうと俺は自分の弁当に視線を落とす。結構綺麗にできた卵焼きを箸で一口大に切ってぱくりと食べる。うん、美味い。  もう昼休みもそんなに時間がないだろうと考えてぱくぱくと弁当の中身を次々に口に運んでいく。目の前にはまだ百合がしゃがんでこちらを見ている。  何、と目線だけで訴えるが返事は返ってこない。何考えているかわからない百合のことはもう放っておくか。  俺は黙々と弁当の中身を口に含んでは咀嚼するを繰り返した。人に見つめられながらご飯を食べるというのはなかなか不快だが、午後の授業を空腹で過ごすことの方が不快だと考えてさっさとご飯を食す。  隣で不安げな表情をしていた我妻たちも、少し居心地悪そうにしながら弁当を食べ始めた。 「ご馳走様でした」  ぱんっと手を合わせてそう唱えると俺は弁当箱を片づける。ところで気になったが百合は昼食を取らないのだろうか。じっと百合を見るとにっこり笑って「なぁに?」と首を傾げられた。  すっと視線を外して「なんでもない」と言うと百合はくすくすと笑って立ち上がった。んーっと伸びをして俺を見下ろす。 「約束だからね、真澄くん。お弁当忘れないで」  それだけ言って百合は上機嫌にこの場を去った。俺はその背をじっと見て首を傾げる。  なんだあれはと理解できない百合の行動に俺は頭の中で疑問符を浮かべる。  隣に座っている我妻が緊張を解いて、ふう息を吐いたのを耳にしながら、俺はスマホを出してメッセージ画面を開く。トーク一覧画面の三段目にある人物のところをタップして俺は文章を打ち込んでいく。 『百合がマジで意味不明』  それだけ打って俺は送信ボタンを押しスマホを閉じてポケットに仕舞った。  この時間ならば相手は昼食を食べ終えて、なにかしらの用事を行っているだろう。大方職員室で次の授業の準備といったところか。まあそのうち返信が来るだろう。  チャイムが鳴るまであと五分少々。三人も少し急ぎ目にご飯を食べているので俺はそれをじっと待つことにした。

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