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1章 第19話

きらきらと輝くばかりのアクセサリーショップのピアスコーナーに足を運ぶ。良さげなものをいくつか手に取って唸りながら吟味する。 頼人は原稿中に使うヘアバンドを探したいと言って単独で見て回っているので俺と狩野と花見だけがピアスコーナーにいた。 「うーん……これはイメージがなあ…」 あまり値段の可愛くないピアスは俺が買うと特待生優待得点で最大半額になるというから驚きだ。だからこそ余計に悩んでしまう。 そもそもあいつの好みなんてちゃんとわかっているわけでもない。 はあ、とため息を吐いてきらきらと煌めくピアスを睨みつける。自分の分なら悩まないのになぁ、なんて考えていたら、すぐ隣から花見が覗き込んできた。 「プレゼント、決まらない?」 「……はい。どうしようかなって」 「そっか。世良センセにはね、コレ」 ポンと俺の手の上にシンプルだが綺麗なエメラルドグリーンのピアスが渡される。なんでという目線を送れば花見が花のように笑った。 「そんなに吟味するプレゼント相手なんて、あの人くらいしかいないでしょ」 「それは……」 「綺麗だよね、美しい緑色の石。君の瞳と、それから俺の知り合いの瞳によく似てる」 「それが理由ですか?」 「まさか! 世良先生の好みだって言うのはホントだよ。だって――――」 「ますみん決まったー?」 花見が何かを言おうとした時その声に被さるように希代が声を掛けてきた。頷いて慌ててレジに向かう。 「……花見先輩、さっき何か言いかけませんでしたか?」 「いや、なんでもないよ。気にしないで」 振り返って、問えばにっこり笑ってはぐらかされた。そんなに大事なことでもなかったのかもしれない。俺はそうですかとそれ以上追及することもせず支払いを終えて店を出た。 *** アクセサリーショップを出た後適当に服を見て生活雑貨を買って、うろうろしていたらいつの間にか時刻は六時半を回っていた。このまま寮の食堂に行くのも面倒で適当にフードコートで食べて帰ろうという結論に至る。 フードコートと言っても、金持ち高校の敷地内にあるショッピングモールにあるものだ。値段は勿論お財布に優しいものではない。味と素材は保証されているんだろうけど。そもそも来店する客が鴻上学園の生徒、教職員、関係者その他と、あとは近場にある、ウチの生徒が進学していく鴻上大学の人くらいだ。金持ちも金持ち。舌が肥えている。 ガラガラのそこに適当な場所を陣取って四人で好きなものを取りに行く。 狩野はオムライス、頼人はステーキセット、花見は和食店の鮎の塩焼き定食、俺はうどん屋のにくきつねうどんだ。きつねうどんに肉をトッピングした単純さが気に入った。 しばらく四人で談笑しているとぴーっと機械音がなる。俺のにくきつねが出来た音だ。 庶民の生活に近い感覚をとフードコートは値段や店のランクなどは置いておいてシステムだけは一般的なそれと同じである。 俺は電子音を鳴らす小さな端末を持ってカウンターに向かった。 「はい、にくきつねうどんね。残さず食べてよー」 「どうも」 気だるげな青年はそういって俺にトレイに乗せたうどんを差し出す。礼を言ってトレイを受け取り細心の注意を払って席に着くと花見だけがニコニコと笑いながら座って待っていた。 「あれ、花見先輩だけですか。頼人たちは……」 「二人とも鳴ったから取りに向かったよ。俺も鳴ってるから、行ってくるね」 「ああ、はい。いってらっしゃい」 荷物番をしていてくれたのか。と店のカウンターに向かう後ろ姿をみて考える。トレイを机に置いて箸を持ちいただきますと唱えて麺を口に運ぶ。ずるずると啜っていると頼人と狩野が戻ってきた。 「えーホントにオムライス美味しそうだなーそっちにすればよかったー」 「フフーン。やらねえぞ!」 「うーんでもオムライス食べるのは王道編入生の鉄板だから仕方ない! 我慢我慢!」 「おうど……? 何いってんの頼人」 ウンウン唸る頼人に対してきょとんとクエスチョンマークを頭に浮かべる狩野。希代はこっちの話だからと彼の顔の前に右の手のひらを出す。 いいから飯を食ったらどうなんだお前らは。なんて思いながら俺はうどんをずるずると啜る。うん、だしが染みててうまい。 二人を眺めながらうどんを食べていると隣に鮎の塩焼き定食が置かれて顔をそちらに向ける。ニコッと笑った花見が俺を見てうどんを指さした。 「須賀くんは、本当にうどんが好きだね。この間も食堂で食べてた」 きらきらと学園の(頼人曰く)チワワ集団や、学園外の女性が見たら悲鳴を上げるか、もしくは恋に落ちてしまうのではないかといわんばかりの、男にこんな表現が合うのかは甚だ疑問だが美しい笑顔を浮かべてこちらに人差し指を指す。 俺はその言葉に小さく頷いて「まあ、好きですよ」と口にする。確かにうどんは好物だ。亡くなった母方の祖母がうどん名産の地生まれで、彼女の出す一杯は正しく至高の一品だと思っていた。幼少期に初めて食べたそれに感動して以来、俺はうどんが好きになった。こっちに来てからも、出汁とこしのある麺の生み出すうまみと味わいが好きでよく食べている。けどまあ、今でも、一番は祖母の味だけれど。 「須賀くん、食の好みは結構わかりやすいね。洋食より和食派でしょ?」 そう問いかけた後、花見は頂きますといい両手を合わせる。こちらを一度見てニコッと目を細めて笑うと鮎に箸を入れた。 言われた言葉は確かに間違ってない。俺は洋食より和食派だ。しかしこの人はいつから俺をみていたんだろう。気になるとかいろいろ言われたけど、一体いつから俺のことを知っていたのだろうか。 存外わかりやすい食の好みだとは思うがそれでも学園ではある程度洋食も食べていたはずなのだが。 最後の一束をツルリと啜り、花見を見ると涼し気な表情で綺麗に鮎を食している。流石は良い所の坊ちゃんだけはあるな。なんて思っていると目の前の頼人が声を掛けてきた。 「花見先輩ってよく見てるんですねー。ますみんが和食好きってあんまりみんな知らないですよ」 爛々と輝かんばかりの瞳で何故か嬉しそうにしている頼人に花見が優し気な笑みを浮かべる。趣味が人間観察だからと答える彼の言葉を聞きながら静かにうどんの出汁を飲む。 と、狩野が机を乗り出して俺に向かって驚いたような声を掛けてくる。 「真澄って和食の方が好きなのか!! オムライスよりもうどんとかそばの方が好きなのか!?」 驚愕というような声色に驚きつつ、大きな声に勢いもあるそれに唾が飛んだだろうと咄嗟に両手に持った丼を花見の居る方に避ける。残り少ない出汁がちょっとだけピチャンと跳ねた。 「そ、そうだけど、それがどうかした? 雅貴くん」 「まじか! クソ―! じゃあ俺も今からオムライスよりうどんが好き!」 「は?」 ……意味が分からないんだが、誰か説明をしてくれないか? なんで俺の好きなものが和食とかうどんだからって狩野の好きなものが今からうどんになるんだ。意味不明だ。 花見はくすくすと笑っているし、頼人は「ジーザス」と呟いて涙を流しながら天井を仰いでる。理解してないのは俺だけか。 狩野は宇宙的思考で俺と同じものが好きになるらしい。まあ好意だと思うので放置しておくか。 ニコニコと微笑む花見が視界に入る。なんとなく合わせていられずにそっと目を逸らして水を口に含んだ。 その後食後に少し話をしてなんだかんだ花見と連絡先を交換した後、頼人が見たい番組があると騒ぐので俺たちはそのまま寮に帰ることにした。何をそんなに買うものがあったのか、頼人も狩野も両手に大荷物を抱えていて、俺は小首を傾げた。本来の目的を間違えてないか。特に頼人。 寮の近くに着くと花見が「じゃあ俺はこの辺にしとこうかな」と立ち止まった。周囲の目を気にしているような雰囲気は出してないが、きっとそういうことなのだろう。俺はこくりと頷いてまたと手を振る。 「じゃあね。須賀くん」 今日一日で目にしっかりと焼き付いた笑みを浮かべて手を振る花見を見て俺はくるりと背を向ける。 前を歩いていた希代と狩野が不思議そうにしているのでその背を押して前へ促す。 なんとなく、本当になんとなくだけど、花見はそんなに悪い奴には感じられないような気がした。 「なんとなく、似てるんだよなあ」 ふと、いつ戻れるのか、そもそも帰れるか自体わからない故郷の懐かしい人物を思い浮かべて物思いに耽る。曖昧な気持ちを持て余すように俺は右手の荷物を持ったまま耳に付けたキラキラと輝く深い空色のピアスを弄る。 『こういうのも、経験だよ。真澄』 懐かしい声が聞こえた気がして俺は目を伏せる。俺が居なくなってあの人はどうしているのだろうか。父と母が事故に遭って、何度か電話とかくれていたっけ。 ぼうっとしているといつの間にか足を止め居ていたようで心配そうに覗き込んでくる頼人と狩野の顔が近くにあって驚いて仰け反る。 「な……に……?」 「真澄がぼーっとしてたから気になって」 「ますみん大丈夫?」 心配そうにのぞき込んでくる二人に、どう答えようか少し悩んで、なんでもないと笑って荷物を持ち直した。 それに怪訝そうな顔をしたまま納得いってないですといった顔の頼人と、きらっと明るい笑顔を浮かべて「そうか!」と納得して見せる狩野に俺は笑みを浮かべて寮のエレベーターへと向かう。 後ろについて来た頼人が小さく息を吐いたのを感じる。俺がごまかしたのを理解して追及することはやめるつもりのようだ。 エレベーターに乗って俺と狩野の部屋がある三階、頼人はその一階上の四階を押す。 最近知った話なのだが、(頼人から知らなかったのかという顔で話されて酷く驚いた)この学園の寮は学年ごとに階層が分かれているだけじゃなく、性別でも分けられていて、俺と同じ階層で暮らしているのはほとんどがオメガ、もしくはベータの生徒らしい。ちなみに、狩野だけは特別措置らしいが、他に部屋が空いていなかったにしろ、いずれは移動させられるんじゃないかと専らの噂だという。もし、番同士で同室になる場合はアルファの部屋にオメガが入るらしい。知らなかった。 普通にベータもアルファである狩野も出入りするからその辺緩いもんだと思ってたけど希代に言ったら「事故が起きたらやばくない?」っと笑われてしまった。 こちらの常識は知らないから狩野が同室になったのも相まっててっきり俺はその辺適当なのだとばかり思っていた。 俺がベータと偽っても違和感なく過ごせていたのは基本的には性別ごとに階層を分けてはいるけれど、ベータの生徒数が多いのでオメガの階に何人かベータの生徒が住んでいるからその一人だと思われていたらしく、表向きベータと偽っていても問題はなかったということらしい。基本的に偽る生徒の方が稀らしい。 今回みたいにオメガと同室になる狩野が完全に異例なのだそうだ。 ちなみに気になってフォックスに連絡して狩野が俺の同室になった理由を聞いたら、「ベータとアルファの部屋が埋まってて仕方なく一番オメガの中で理性があって冷静な君の部屋に決まったらしいよ。表向きはキミもベータとしてあの階に住んでる訳だしね」と言われて俺は開いた口が塞がらなかった。 その辺、何とかしろよ学園側と思いつつ、オメガの部屋は特別制だからいざってときは引き籠るんだよというフォックスの言葉に俺は頷くしかできなかった。 「なあなあ、真澄は何買ったんだ?」 部屋についてリビングルームに荷物を下ろすと後ろから狩野が楽しそうに声を掛けてくる。首を斜め後ろに向けて狩野を見ると小首を傾げて俺をきらきらとした目で見つめていた。心なしかその頭に犬の耳が見える。 「あー、服と雑貨と参考書。あとピアスかな。お世話になってる人に渡そうかと思って。そういう雅貴くんは?」 「俺? 俺はなー」 買ってきたものを広げて見せる狩野に俺は返事をしながら自分の買った買い物袋を見つめる。受け取ってくれるだろうか。 なんだかんだこっちに来て世話になっているしお礼の一つくらいは言っても悪くはないだろう。とか、自分に対する言い訳を繰り返す。その顔が、どんなふうに笑うのか想像して、少し笑みが零れた。 「テスト嫌だなー」 買ってきたものを再び袋にしまいそんなぼやきを零す狩野だが、参考書の一つも見られなかったのは気のせいではない。この学園はレベルが高いので俺は油断することなくテストに向けて予習復習をしようと部屋に向かった。

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