28 / 35
1章 第28話 side百合
邪魔くさい。すべてが邪魔くさい。
真澄くんを天使だと形容するその言葉には同意するがその後の言葉に苛立ちが隠せない。自分でも驚くほどに低い声が出る。
結婚したいだなんてそんなふざけたこと、認められるわけがない。だって、真澄くんは俺の運命の相手なんだから。魂で結ばれているんだから。
そもそも、雅貴が真澄くんに惚れていることが計算外だった。なんだか懐いているなあとは思っていたし、注意はしていたけれど、彼の隠している本当の性別まで知っていたのは想定外だった。
それは、これからはこいつが俺の邪魔になるということ。世良ちゃんや槙センパイだけでもめんどくさいのにこれ以上厄介なのが増えるのは困りものだ。
俺にビビっているくせに負けじと言い返してくる雅貴にイライラが加速する。よくも悪くも負の感情に対して、ある意味鈍感なのだろう雅貴は俺の神経を逆撫でする。
ああ、うざい。邪魔でしかない。副会長が雅貴のことを好きだというから放っておいたけど俺の邪魔をするなら別の話だ。
その煩い音を鳴らす喉に手を伸ばす。恐れからか、後退りする雅貴に詰め寄る俺を、真澄くんの不安げな瞳が見つめている。そんな顔しなくてもいいのに。
雅貴が二度と真澄くんと結婚したいなんて言えないようにするだけ。首を軽く絞めあげるだけじゃあ、この煩い猿は一生騒ぐだろうから、いっそ死にかけるくらいがいいかもしれない。 そしたら、真澄くんに手を出そうなんて思わないかな。
「そこまでだ。百合」
真澄くんの黒い瞳の中で俺の手が雅貴に触れそうになったその瞬間。不意に名前を呼ばれた。ゆっくりとその声がした方向を見る。
歩み寄ってきた男が俺と雅貴との間に無理矢理距離を開けた。その男の顔を見てつい舌打ちが零れる。
邪魔な奴。風紀委員長の槙宗一郎。普段は鬼のように冷たく厳しいくせに真澄くんの前では猫被っている。俺と同じアルファ。
どうやって取り入ったのか、前に食堂で仲良さげに食事を取っていたのには驚いた。今も、槙の顔を見て真澄くんがほんのり目を輝かせている。
あーもう、イライラするなあ。
槙センパイが真澄くんはベータだという。生徒会室がざわついて会長が首を傾げた。一応会長もアルファだからなにかおかしいと思っているのだろう。
槙センパイは風紀委員長だ。生徒の本来の性別は知っていてもおかしくない。それなのにわざわざベータだと強調したのは、真澄くんが隠したいと思っていることを知っているからということか。別にこの場にいる人間にオメガだって知られても真澄くんに不都合は生じないと思うんだけど。
少し考えてここはその話に乗ることにした。他でもない真澄くんが隠したいならそれに従ってあげるのがベストでしょ。
ニコッと笑えば真澄くんがあからさまにほっとした空気を漂わせた。槙センパイに感謝の気持ちを込めたサインを送る真澄くんをムッとした気持ちで見ていると、ふわりと甘い匂いが鼻腔を掠める。
それは一度嗅いだことのある匂い。嗅ぎなれたその辺のオメガの匂いとは違って、とても心地のいい花のような香り。梔子 の花の香りに近いかもしれない。それよりも濃くて、甘くて、脳を刺激する匂い。
真澄くんの、フェロモンの匂い。ヒートの匂い。
雑音が耳を通り抜ける。真澄くんの赤い頬を撫でようと手を伸ばす。潤んだ瞳と目が合って、どろり、と理性が溶け落ちる音を聞いた。
ともだちにシェアしよう!