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第13話
元来の家主と、その力の九分の二の力を有する者が帰って来たとなれば、家神も余所見はしておれぬ。
恩坩が怪しげな術を唱えると、煙の様な形の神が、怖じ気付いた顔で戻って参った。
「遅い」
「い、いや、その、あれだよ、しゅ、修行だ!そうだ、修行をしておった!」
「ならば、この屋敷を新たに建て直すも容易き事だろうな」
ひいっと声を上げると、神は瓦礫の中へと姿を消す。
「さて、新居はどの様な屋敷にしようか?」
「縁側は要るぞ!」
「そうじゃ!縁側は大事じゃ!双葉と遊ばにゃならぬ!」
「今度のには、離れが欲しい!涅屋と風呂場は離れにあるんじゃ!」
恩坩の問い掛けに、馴染みの妖達はあれだこれだと口を出す。
青藤は一人、神が潜った瓦礫に近寄り、木片を集めて積み木遊びをしていた。
「青藤、お前は何も要らぬのか」
「要らぬ」
雨風に晒され、すっかり脆くなった欠片は、指で摘んだだけでも崩れ落ちる。
この世に来てから、まだ七日も経たぬ意識にも関わらず、随分と年月は経った様だ。
「ならば、」
縁側は広く取り、奥には離れとを繋ぐ通路を。
奥から順に並べて、私の部屋、狐坊の部屋と影女の部屋、客間。
向かい側には、大広間を。
離れには、狐坊の所望する涅屋と風呂場。
庭は多く、池でもあると良いな。
勿論、藤も此れまで通り、庭に。
独り言の様に、恩坩が言えば、青藤の手から木片が浮かび上がり、瞬く間に屋敷の一部となる。
積み上げた木片も、姿を消した。
青藤が、怪訝な顔を上げると、以前見た屋敷よりも立派な風情のある屋敷がどしんと構えていた。
「恩坩、私はまた客間か?」
「何も要らぬと言うたのは、お前だろうに」
「……解せぬ」
「…心配せずとも、お前は私の部屋で過ごせば良い」
「……更に解せぬ」
「嫌ならば、此れまで通り、藤の下で眠れば良かろう?」
「解せぬと言うただけだ」
両手を払い、青藤は立ち上がると、早々に屋敷に入って行った三人の妖達の後を追った。
廊下を歩くとぎしり、と軋んだ。思わず笑みが零れる。
ぎしぎしと床を軋ませながら、奥の一際広い部屋へと足を踏み入れると、恩坩より先に寝転んで天を見上げ、ゆっくりと瞬きをする。
安堵を覚える屋敷だ。
「これえい!青藤殿!真黒な体で寝転ぶなーっ!御巡り殿もじゃぞ!二人とも先程から、鼻が曲がる悪臭なのじゃーっ!」
「そうじゃ!狐坊より匂わぬ双葉も分かる程なのじゃぞ?匂うぞ?垢舐めが風呂から遠出して参るやもしれぬぅ!」
「双葉!それは嫌じゃ!わらわは嫌じゃ!」
離れを確認し、母屋に戻った狐坊が喚く。
輪をかけて、双葉までもが青藤を責め立て始めと、青藤を部屋から引き摺り出しに掛かる。
そんなに酷い匂いかと、ぼろ同然の着物の袖を匂ってみるが、鼻は曲がりもせぬ。
しかし、青藤が歩いた廊下には黒い足跡が並んでいる。
渋々風呂場へと行けば、湯屋と見紛う様な広さの其処には、既に湯気が立つ良い湯が沸いていた。
ぼろを脱ぎ捨て、ざぶりと湯に浸かると、二百分の垢が湯に流れ出した。
が、直ぐに透明な湯へと戻る。
全く、術だらけの屋敷だ。
「青藤、新たな着物は此処に」
外に恩坩もやって来た。
着物を用意してくれたらしい、と思うが早いか恩坩も湯に浸かりに姿を現す。
「新たな屋敷は、気に召したか?」
「宿屋の様で、広過ぎる」
「どうせまた、妖達が集う屋敷となる。直ぐに狭く思うだろう」
浴槽の淵に顎を乗せる青藤。
広い湯船の中、その青藤の間近に腰を下ろした恩坩。
広さの意味など、何処にも見当たらない。
「恩坩」
「ん?」
「この尾は返す」
「…なれど、」
「衰弱したお前に、二百も三百も眠られては、皆に迷惑が掛かる」
「……天に参る気か、?」
尻に生える二尾の尾を、本来の主に返せば、青藤をこの世に留める物、繋ぎ留める物は無くなる。
そうなれば、青藤は死んでしまうだろう。
暗に、青藤は察していた。
恩坩の言葉からも分かる様に、その見当は妥当なのであろう。
「恩坩」
「…今度は何だ」
「名を。良き名を、有難う」
「好かぬ名だろう」
「いいや、この二百ばかりは、好いた名であったよ」
隠しもせず、出した尾を湯の中で揺らしながら、青藤は淡々と告ぐ。
誰に青藤と呼ばれるのも、もう嫌では無かった。
寧ろ、青藤と呼ばれる度に、優しき狐の顔が浮かび、心を満たす程だ。
「青藤」
今度は、恩坩が青藤の名を呼んだ。
「ん?」
「……本に、私を残して行ってしまうのか、」
「お前こそ、誰に何一つ言わず、飛び出した身ではないか」
「だが、戻って来たであろう?」
ちゃぷり、と音を立て、恩坩が青藤の身に寄る。
肩を抱きながら未練たっぷりの言葉を吐く様を一瞥すると、青藤は恩坩の方を正面から向き、一つ笑って見せた。
「恩坩、私に名をやり、甲斐甲斐しく見守り救った、九尾の狐や」
「何だ青藤。藤の下で喧しく泣き、私の恩も忘れ、人の世にて鬼に憑かれた愚かな人よ」
「 、 、 、──…… 、 」
不意に耳打ちされた事に、恩坩は目を見開く。
青藤を捕まえようとした腕は、湯の中で交差しただけであった。
上手く恩坩の腕より擦り抜けた青藤は、浴場から出るなり、用意されていた着物へと腕を通す。
その顔には、意地の悪い笑みが厭らしく浮かんでおった。
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