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【番外】大藤守と迷子の話

静かな昼過ぎの事。 恩坩を始め、屋敷に住み着いた妖達は、床の中で眠っている。 そんな中青藤は一人、藤棚の下に寛いだ姿で座り、ぼうとしていた。 恩坩は横ですこすこと寝入っていたが、どうも目が冴えてならなかったのだ。 ぱきり。 不意に、間近に聞こえた枝が踏み折られた音に、青藤は其方を見遣る。 五つ、七つ。そんな年だろうか、薄緑の着物を着た女児が裸足で佇んでいた。 その顔は、何処かで見た事がある様に思うのだが、思い出せぬ。 「迷子か?」 「…う、ん」 む、とした顔は不機嫌なのではなく、今にも泣き出しそうなのかもしれない。 迷子だと言うからには、親と逸れて心許無いのだろう。 増して、今は昼の刻、大方の妖達は各々の縄張りの中で眠っている筈。 下手に探した所で、見付かる可能性は極めて低い。 「暫し、此処で遊んで行くとよいよ」 「大藤守はやさしいのだよ、と教えてもろうたのよ。遊んでくれるやもしれぬね、と」 「そうか、この様に幼き子の耳まで私の名は知れていたのか」 おいでよ、と笑えば距離を詰めて来た女児に、青藤は両手を伸ばす。 女児は駆け寄ると、子供らしい無邪気な笑みを見せた。 「この様な刻に迷子とは、珍しいな」 「かか様が暇を持て余しておったの」 「ん?」 「かか様が暇を持て余しておったから、私が遊んであげようと思うたの」 「そのかか様は、此処には居らぬよ」 「居るよ?かか様は、いつも私と一緒に居るのよ?」 「なのに、迷子とは解せぬ事だな」 膝の上に女児を乗せて、掛け合ってみるが、何処か話が上手く通じぬ。 だが、この女児と話していると、優しき心になれる様で、青藤は笑う。 肩より少々長い位の細い髪を、指で梳くと藤の香りがふわりと香った。 「随分と長い間、藤の近くに居った様だけど、何時頃から居ったのだろう?」 「ずーっとずーっと!此処に居ったの」 大きい、長い、と表現する様に女児は両手を広げて見せた。 成る程、夜の内から此処等を彷徨っていたのかもしれぬ。 ふと、手持ち無沙汰で、己の髪を結っていた紐を解く。 そして、その紐で、女児の髪を一つに結って遣る。 「大藤守は、優しき御神なのね」 「どうだろうか?若しや、お前の事を後ろから食らうてしまうやもしれぬよ」 きゃっ、と女児は大きく笑い、膝の上から駆け出したが、少し離れた所から青藤を見遣り、追い掛けて来いと言う風だ。 どれ、と青藤は立ち上がり、女児を追い掛けてみる事にする。 「きゃー!」 「待て待て、」 藤棚を支える木柱の間を走り、時には木柱の周りを駆け巡り、元気なものだ。 加減をして後を追う青藤は、微笑ましいと思う。 暫し、鬼ごっこをしていたが、疲れが来たのか、女児の足が絡まり転びそうになった所を青藤は背後から抱き上げた。 「捕まえた、っと。どれ、味見をしてみようか?」 「私を食うても、美味ではないのよ?狐坊のおまんまの方が美味しいと思うの」 息の上がった女児は困惑して咎めに入る。 本気で食らう筈が無かろうに、と青藤は其の儘女児を肩に担いで肩車をしてやった。 「お前は、此処等に住まう妖の子だね。私の事をよく知っている様だ。少しかか様を探しに歩いてみるか?」 「かか様は、私の傍に何時も居って下さるのよ、探しに行かずとも、私にはかか様が見えるのだから、探さずともよいのよ?」 「それでは、迷子ではないのかな?私にはお前のかか様が見えぬから、迷子にしか思えぬが」 「よいの、此処に居ったらかか様と会えるの」 頭の上に小さな手が乗っている。 落っことさぬ様に、ゆっくり青藤は藤棚を離れて歩き出した。 「お前のかか様は、どんな方だ?」 「かか様は、優しき御神よ?何時も何時も私らを大事に育ててくれる優しき御神でね、元は人の子だったの」 「まるで、私と同じじゃないか」 「大藤守の話だもの」 「私はかか様の事を聞いたのだけれどね」 「よいの!大藤守、ちょっと下ろしておくれ」 上手く話をはぐらかされ、苦く笑う。 そんな青藤を余所に、頭上の女児は、高い位置から見える景色の中に何かを見つけた様で、ぽかぽかと頭を叩いてきた。 力は強くは無いが、叩かれ続ける内には馬鹿になってしまうやもしれぬ。 そっと下ろしてやると、女児は庭の片隅に花を付けたシロツメグサの元へと駆けて行った。 其処でしゃがみ、花を摘む。 青藤も並んで屈み、近くに生えた三つ葉の中に四つ葉が無いものかと探す。 だが、そう簡単には見付からぬもの。 じっと各々を見詰め続けても、一つとして見付からぬ。 「四つ葉は、無いな」 「大藤守にじーっと見詰められたなら、四つ葉だって恥ずかしがって、顔を見せられぬのよ」 「そういうものなのか?」 「そういうものなのよ」 女児は隣でせっせと冠を作っているらしかった。 何と無く密集して生えている三つ葉の上に、手を滑らせる。 撫でてみたく思ったのだ。 植物を撫でると言う事は今までやった事はないが、やってみたくなった。 すると、唯の三つ葉が、ぐっと大きく背伸びをする小さな人に見えた。 ん?、と目を凝らしてみると、唯の葉に過ぎなかったのだが。 先程まで三つ葉ばかりだったのに、四つ葉ばかりになっているではないか。 「あら、四つ葉の精を起こしたのね」 「申し訳ない事をしてしまったかな」 「よいのよ、大藤守は藤を守る神。何時もは触れて貰えぬ神に触れて貰って、四つ葉も機嫌が良くなったのやもしれぬね」 「真、不思議な世よの」 「妖の世だもの」 良く笑う女児は、また楽しげに笑った後、青藤の頭の上へ出来たばかりの冠を乗せた。 「よいのか?」 「よいの、かか様だもの」 「お前のかか様は、白詰だったのか」 「大藤守が鈍感過ぎて、私は嫌あになったわ」 むっ、と口を尖らした女児は一人で藤棚の方へ歩いて行く。 遅れて立ち上がった青藤はその後を追うのだが、藤棚に辿り着いた頃には女児の姿は見えなかった。 先程は、どんなに駆けて行っても追い付ける程だったのだが、何処へ行ってしまったのだろうか。 また、迷子になって仕舞わなければ良いのだけれど。 再び一人となった、藤棚の下で、青藤は座り込む。 何時の間にやら陽が傾き出していた。 そろそろ、早起きの狐坊が起きる頃かな。 頭上の冠を手に取り、粗い造りのものを目で確かめて、頭へと戻す。 そうして青藤は屋敷へと戻ったのだった。 「ずっと起きておったのか」 「目が冴えてな」 「誰と遊んでおったのだ、こんな時間まで遊んで居るなど」 「子だよ、随分と可愛らしい子であった」 「ほう」 部屋へ帰ると、寝惚け眼の恩坩が不思議そうに問うてきた。 「迷子なのだと、言うておったけれど」 「珍しい事もあったものだな」 「私もそう思うたよ。藤棚辺りで見失ってしもうたが、親が見付かったのだろうか」 「そうだと良いな」 寝坊助の恩坩は、再び目を閉じた。 遊び疲れからか、眠気が訪れたので、青藤も寝る事にした。 横になると、冠が枕の上に落ちる。 忘れていた、と青藤は恩坩の顔の上に冠を置いて眠りに着いた。 青藤が眠った後、顔に掛かる草の感触に厭わしく思った恩坩は目を覚ます。 見れば、先程まで間抜けな青藤の頭を飾っていた花の冠。 横で眠る心配性な神の意を継ぎ、冠を片手に部屋を出る。 姿を見失ったと聞く藤棚に辿り着けば、藤の一房に目が行った。 青藤に貸している筈の紐が、それにだけ絡まっていた。 それを見て、恩坩は思わず笑って仕舞う。 「お前達に返しておくぞ。妙な親を持つと、子も大変だな」

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