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第6話 ※

「それにしてもすごい格好だな」  司が目を覚ますと、行為の痕跡は博臣の手によってすっかり片付けられていた。しかしGストリングとブラだけはそのまま残されていて、博臣の前に立ってそれらをじっくり鑑賞させることを命じられて、今に至る。  一応れっきとした下着であるGストリングはともかく、機能性ゼロのブラは本来の目的を見失って、明らかにセックス用に作られたものだ。そのためじっくり見られると滑稽さが際立って、かなり恥ずかしい。 「どうしてこんなことを考えたんだ」  ソファに腰掛けたまま博臣が問う。かなり呆れた様子だが、お前だってばっちり欲情していたじゃないかというのが司の言い分である。 「その、浮かれてて……」 「わざわざ店で買ったのか?」 「うん……」  ためらいがちに返事をすると、博臣は苦虫を噛み潰したような顔をした。何かを言おうとして、必死に言葉を選んでいるようだ。どこか怒っているようにも見える。  博臣はしばらく渋い顔をして何やら考え込んでいたが、少し経つと観念したように口を開いた。 「やっぱり俺だけのものにしておきたいな」 「こんなもの博臣の前でしかつけないって」  司は細い肩紐をくいくいと引っ張ってアピールしたが、それでも博臣は納得がいかないようだった。 「いや。エロ下着は去年の撮影でもつけてた。確かタイトルは……」 「それって『セクシー・ランジェリー大作戦』のこと?」  しかしAVのタイトルというのは、どうしてこうも酷いものばかりなのだろうか。などと考えながら床に散乱した服を拾う司をよそに、博臣は一人納得した様子だった。もう1年以上一緒に暮らしているくせに、博臣は司の出演作を逐一チェックしている。「他人の目に触れる司の痴態を自分が知らないのは我慢ならない」という言い分らしく、つくづくポルノスターの恋人には不向きな独占欲の強さだ。 「あのさ」  元のセーターとデニム姿に戻ると、司はできるだけ真剣な声音を意識して、複雑そうな表情の恋人の前に立ちはだかった。それだけで司が真剣な話をしようとしていることを汲み取って、博臣はソファに座ったまま姿勢を正した。  真摯な眼差しが注がれると、司はいつも初めて博臣と出会った時のことを思い出した。ゲイビデオに出演し始めて間もない頃、投げやりな気持ちで誰とでも寝ていた司を面と向かって叱ったのは、人づてに知り合った博臣だった。  今でこそ時間が許す限り肌を重ねる間柄だが、強引にホテルの部屋に押し込んだ時、博臣は司のことを抱かなかった。  ダブルベッドで背を向けて目を閉じながら、司は声を殺して泣いた。何をしても手を出さなかった博臣に、なけなしのプライドはずたずたに傷付いていた。転がり込むようにしてポルノスターの道を歩み始めた司にとっては、自身の性的な魅力だけが唯一持てる矜持だったのだ。 「俺に今の仕事辞めてほしい?」  司がそう問うと、博臣は少し驚いたような顔をした。元々表情が豊かなタイプではないが、1年以上一緒に暮らしているうちに、博臣の表情の変化は手に取るようにして分かるようになった。  成り行きで始めたとはいえ、司は自分の仕事に誇りを持っている。時折強い独占欲をちらつかせることはあるが、博臣も司の仕事に理解を示しているし、業界から司が消えることでどれだけ大きな穴が空くのかも重々承知しているはずだ。  だけど自分の性を切り売りする仕事は永遠ではない。今でこそ若く引く手あまただが、遅かれ早かれ決断を迫られるだろう——ポルノの世界を飛び出してマルチな活動を始めるか、引退して人生を仕切り直すか。期待されているのは前者だが、どちらを選ぶかは司次第である。  博臣はしばらく黙したまま逡巡したのち、やがてゆっくりと口を開いた。 「仮に俺がそう思っていたとしても、司にそれを押し付けるつもりはない」  博臣らしい答えだと思った。物わかりの良い模範的な回答は、これまでの司と博臣の関係性を支えてきたものだ。  だけど物わかりの良い答えは、司の胸を満たさなかった。その時点で答えは一つしかない。 「分かった」  小さく微笑みながらそう言うと、司は身をかがめて、目の前に座る博臣の額に口付けた。それはまるで母親が自分の子供にするような、親愛の情をたっぷり含んだキスだった。

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