19 / 82

妄執 4-1

 ――俺はお前とは違う。  物心ついた頃から、幾度となく兄から言われ続けた言葉だ。  いつしかその言葉は孝司に反発心を持たせ、兄弟仲は年々悪くなっていった。  孝司が生まれてからこれまでに起きた出来事の中で、もっとも初めに起きた大事件が両親の離婚であった。孝司が十歳、兄が十六歳の頃だった。  県内でも有名な進学校の教師である孝司の父は、養護教諭であった母と職場結婚をした。だが父は忙しさを理由に家庭を省みない典型的な男だった。  顔を合わせれば勉強しろと口うるさく言ってくる父を孝司は嫌っており、代わりに母にべったりと甘えていた。  離婚の話になったとき、孝司は当然母と暮らすつもりでいた。しかし孝司と兄の親権を勝ち取ったのは父だった。納得のいかない孝司は何度も父を問いつめたが、返答はいつも同じだった。  孝司の父は出来の良い兄ばかりに愛情を注ぎ、孝司のことは見向きもしなかった。兄弟の親権を勝ち得たのも、兄の将来を考えてのことだった。兄はとても勉強ができた。孝司も学年では頭が良いグループに属していたが、兄は別格の存在だった。  父と同じく教師を夢見て真面目に勉強を続けていた兄は、偏差値の高い公立高校に入学したばかりであったため、離婚のせいで兄の環境が変わることが父は許せなかったらしい。  それならば孝司は関係ない。母について行っていいだろう、と孝司は父に言ったが、父は当然のことだと言わんばかりに、お前も教師になるのだろうと返した。  いくら親だとはいえ、自分の将来まで決められたくはない。だが所詮十歳の子供にできることなど何もなかった。  離婚が成立して、母が家を去った日。  孝司は部屋に閉じこもり、一晩中泣きつくした。

ともだちにシェアしよう!