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妄執 4-3

 大学生活は孝司にとって夢のような時間だった。誰にも干渉されることなく、自分の意思で物事を決められる。手始めに孝司は兄とよく似ていると言われ続けた髪型を変えた。  色を明るい茶色に染め、長さも今までと比べると随分伸ばした。ピアスを空けようとも考えたが、痛みに弱い自覚があったため、それは願望だけに留めた。  孝司はそれなりに同期との絆を深め、長続きはしなかったが初めて彼女もできた。たまに兄からメールが来ることもあったが、孝司は雑に返していた。  大学二年の夏、高校時代の友人である坂本(さかもと)から久しぶりに連絡が入った。坂本が将来就職を希望している会社の説明会に、孝司も同行してほしいとのことだった。  就職のことをまったく考えていなかった孝司は、軽い気持ちで坂本の誘いにのった。だが坂本から心証を良くするために身なりは整えて行けよと言われ、仕方なしに孝司は髪を黒く染め直した。友人に迷惑はかけられなかった。  坂本が志望する会社は不動産関係の会社であった。孝司は興味のない分野だったが、隣の坂本が目をギラギラさせている手前、孝司は猫を被ることにした。  小さな会社であったため、説明会の参加者は孝司と坂本しかいなかった。通された部屋でしばし待っていると、やがてふたりの社員が来て、簡単に自己紹介を始めた。  まずがっしりとした体格で精悍な顔立ちの男が言った。 「私は営業課主任の片山だ。何かあれば遠慮なく聞いてくれ。それから――」  次に片山という男は隣の男を紹介した。 「彼は仁科。私の直属の部下だ」  仁科という男は片山と同じくらいの長身だが、細身で眼鏡をかけた男だ。  仁科はこういう場が苦手なのか軽く会釈をしてすぐに視線をそらした。坂本が先に挨拶を済ませ、次に孝司の番になった。 「長瀬孝司です。よろしくお願いします」  その瞬間、ふいに仁科と視線が交わった。 「……長瀬?」 「は、はい……そうです」 「いや、何でもない。来てくれてありがとう」  仁科は孝司に向かって握手を求め、孝司もそれに応じた。  その後、片山が主体となって説明会が始まったが、孝司は内容をほとんど覚えていない。髪色を元に戻すことしか考えていなかった。  ――唐突に夢から覚める。  何ということだ。  片山の話は本当だった。  孝司は確かに仁科に会っていたのである。

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