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妄執 5-2
仁科がゆっくりと監禁部屋に姿を現す。孝司は壁側に顔を向け、寝たふりを続ける。
仁科はベッドに上がると、孝司を抱き枕のように両腕に引き寄せた。
意識がないときもこんな風に扱われていたのかと思うと、背筋が凍る。
仁科は孝司の短くなった髪を撫で続け、うなじにキスをした。たらたらと冷や汗が滲み出る。
いつ狸寝入りが発覚してもおかしくないが、仁科はまったく気づかない。
――それほどあいつを求めているのか?
孝司の心に今までとは違った感情が宿り始めた。不安の中に寂しさがこみ上げてくる。
当然仁科のことは嫌いだ。肌に触れられるだけで気持ち悪いと思うほどに。
だが部屋に閉じこめられ、来訪者をひとり待つだけの孝司にとって、仁科は唯一自分と関わりを持つ人物になっていた。
仁科が来ることを心待ちにして片山が入ってきたときに落胆し、自己嫌悪に陥った日もあった。
孝司は仁科に対して複雑な感情を抱き始めていた。
「愛している……」
仁科の吐息が肩口に触れる。自分に囁かれた言葉でないとわかっているはずなのに、胸が高鳴り始める。
仁科は髪を撫でていた手を止め、孝司の身体を強く抱き締めた。
仁科の鼓動が背中を通して痛いほど伝わる。
そして恐れていた現実を目の当たりにした。
「……啓一」
仁科が呼んだのは、孝司の兄である長瀬啓一の名であった。
自分が兄の身代わりであったのだと自覚した瞬間だった。
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