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妄執 6-1
仁科の想い人を知った日の翌朝、片山が部屋に訪れた。
片山が来たということは、監禁されてから三週間近く経ったのだろう。片山はいつものように孝司の怪我の具合を確認し、黙々と手当てを始めた。
「枷を外すから、少し足を上げてくれるかい?」
孝司は言われた通りにする。いくら包帯の上から足枷を着けても、足首にはまだくっきりと痕が残っていた。
「これでよし、と。幸いにも化膿していないらしい……孝司くん?」
手当てを終え、再び足枷を装着しようとした片山の手が止まる。
孝司は泣いていた。孝司はただ遠くの一点だけを見つめ、ただただ泣いていた。
片山の手が孝司の頬に触れた時、ようやく孝司の意識が片山に向いた。
「片山さん……?」
孝司は視界が潤んでいることに気がついた。片山の前だというのに、みっともなく泣いていたらしい。
「顔洗ってきてもいいですか?」
片山に見られないように慌てて服の袖で涙を拭い、孝司はバスルームへ駆けた。片山は足枷を着けることも忘れて頷いた。
ひとりになった孝司は洗面台に立つと、勢いよく水を流し、涙で濡れた顔を洗った。涙と一緒にこの身に渦巻く様々な想いも、全部流してしまいたかった。
孝司の人生でここまで深く関わった人物は仁科が初めてだった。
兄である啓一の身代わりだったとしても、髪を撫でられたり抱き締められたりするうちに、少しずつ仁科に絆されていった。ようやく仁科との生活を楽しめるようになっていたのに。
孝司は顔を上げ、鏡に映る自分を睨みつける。
仁科が求めていたのは孝司ではなく啓一だった。
啓一と同じ髪型にしたのも、孝司の目を覆ってキスをするようになったのも、すべて啓一を愛するためだったのだ。
孝司は鏡の中の自分自身を見る。監禁生活のストレスで随分痩せた。目の下の隈は消えそうにもないだろう。
目はまだ赤く腫れたままだ。数日前に殴られた口元には痣が残っている。
――俺はいったい何をしてるんだろう。
その瞬間、目の前の啓一が笑ったような気がした。
『俺はお前とは違う』
何度も言われ続けた言葉。兄は出来の悪い弟をいつも見下していた。
「俺は……俺も、お前とは違う……」
右手に力をこめる。噛み締めた下唇からは血が滲む。
「俺は俺だ! お前と一緒にするんじゃねぇ!」
孝司は目の前の啓一に対して、何度も拳を振り上げた。
――俺も、啓一も、仁科も……何もかも壊れてしまえばいいっ!
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