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純愛 2-4
「まさか……?」
「ようやく思い至ったようですね」
仁科が不気味に笑う。
「あの子はお前の言う啓一じゃない! あの子は孝司だ!」
「何を言っているのですか? 彼こそが啓一ですよ」
気づいたら片山は仁科の胸倉を掴み上げ右の拳を振り上げていた。だが、すんでのところで我に返り、震える拳を下す。胸倉を掴む手はそのままに。
「……お前はあの子を教育すると言ったな。監禁でもするつもりなのか?」
「さすがですね。理解が早いようで、私も嬉しいです」
「ふざけるなよ!」
片山は仁科を突き飛ばし、苛立ちを抑えるために煙草に火をつけようとする。なかなか点火しないライターにすら苛ついた。
「片山さん」
「何だよ。話は終わった。とっとと帰れ」
「話は終わっていませんよ。私が持ち帰ったファイルのこと、知りたくないですか?」
「やっぱりお前だったのか」
「ええ、まあ。例えばの話ですけど、あのファイルの内容をその手の情報が欲しい人たちにばらまいたら、どうなると思いますか?」
「……っ」
「もしそのことで会社が多大な影響を受けたら、責任者のあなたは、いったいどうなってしまうのでしょうか」
片山は下唇を噛み締めた。仁科は確実に弱い所を突いてくる。
「……脅しか?」
「脅しです。当たり前じゃないですか」
「くそ……っ」
片山が低く唸ると、仁科は途端に表情を和らげ、まるで片山を諭すかのように続けた。
「落ち着いて話し合いましょうよ、先輩。私があなたに頼みたいことは、ただ長瀬を連れてくることだけですよ」
「……」
「あなたは私と長瀬を引き合わせてくれるだけでいいのです。ね、簡単でしょう?」
――それくらいなら大丈夫だろう。
片山の脳内に悪魔が囁く。囁きの正体は仁科であり、実際には言葉巧みに操られているだけだということに、片山は気づけなった。無意識のうちに首を縦に振った。
「……わかった」
瞬間、仁科の口元が道化師のように吊り上がる。片山はもう後戻りできなくなっていた。
「ありがとうございます、片山さん。近いうちに連絡しますね。もしも私からの連絡を拒否したら、このことを口外したら――みなまで言わなくとも、頭の良いあなたならわかりますよね?」
仁科が去った後、片山は玄関に座りこみ、頭を抱えた。
「馬鹿か俺は……っ!」
仁科の言いなりになって、孝司と彼を引き合わせてしまったらどうなるのだろう。もしも仁科が孝司を傷つけるような事態になったら、片山自身もタダでは済まないだろう。
片山は散々悩み、やがてひとつの結論に辿り着く。
「そうだ、俺が孝司を護ればいい。俺が護ってやればいいんだ。仁科、お前に孝司は渡さない……っ」
仁科の来訪から一か月後、計画は実行された。
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