34 / 82
純愛 3-1
長瀬啓一は孝司のアパートを訪ねていた。
弟のアパートにはほとんど行ったことがなかったが、記憶を頼りにハンドルを回す。
そもそものきっかけは、あゆみとの食事中の出来事だ。孝司の事情を話すと彼女は驚いた。あゆみにも年の離れた弟がいるらしく、何週間も連絡がないのはさすがにおかしいと言われた。
テストも一段落ついて多少のゆとりはできたので、次の週末にでも行くと言っても、あゆみは許さずに強い口調で言った。
「今すぐ行きなさい。私も弟と別々に暮らしているけど、それでも連絡が途切れたことはないわ」
啓一は言われるがままあゆみと別れ、そのまま孝司のアパートに向かったのだ。
部屋の前に立ち、ひとまずインターフォンを押す。返事はない。急に訪ねたところで孝司が素直に応じるとは思っていなかったが、もしものことを考えて、念のためにもう一度押した。
扉に耳を近づけて中の様子を伺ったが、不気味なほど何も聞こえなくて静かだった。まだ帰宅していない可能性も考えられたが、妙な胸騒ぎがした。試しにドアノブを回してみると、鍵は掛かっていなかった。
「……孝司?」
扉を開けて中に入る。部屋の中は真っ暗だった。玄関脇のスイッチを押してみても明かりは点かず、やむなく啓一は月明かりを頼りに辺りを見渡す。部屋はもぬけの殻だった。ゴミひとつ落ちていない。
何もない空間が広がっていたのである。
ともだちにシェアしよう!