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純愛 4-2
「サトシ……どうだった? 俺、よかったでしょう?」
仁科はゆっくりと椅子から立ち上がり、乾いた拍手を送る。呼吸を整えていた孝司は、仁科の反応が嬉しかった。
「上出来だよ、啓一」
仁科は孝司を啓一と呼ぶ。
最初は不満どころか腹が立っていた。憎い兄の名前で呼ばれるなんて屈辱だった。
しかしそれでも、孝司ではなく啓一と呼ばれても、孝司は仁科を愛し始めていた。仁科もまた啓一と呼ぶようになってから、態度は軟化し、恋人のように優しく扱ってくれる日もあった。
ときおり仁科は孝司ではなく、別の誰かを想っているかのような態度を取ったが、孝司には秘策があった。
仁科とベッドを共にする際、孝司は行為の始めに自慰をし、視覚的にも仁科に楽しんでもらえるような工夫をすることにした。仁科が誰を想おうが、仁科の一番近くにいるのは、他ならぬ孝司なのだ。
ある日、仁科は新たな試みを始めた。孝司はいきなり仁科に押し倒され、そのままタオルで目隠しをされた。視界が閉ざされたことにより孝司は一瞬不安になった。
「怖がらなくていい……」
身体を震わせた孝司に対し、仁科は優しく頭を撫で、目隠し越しにキスをしてくれた。見えない分、想像力が掻き立てられ、孝司はたまらない気持ちになった。
「さあ、今日も頑張ろう」
「ああ……サトシ、好き……好き……」
手探りで仁科の存在を確かめた途端、急に胸を舐められた。
「ひゃあっ」
ここ数日、仁科は孝司の乳首を丹念に刺激するようになっていた。強く噛まれたと思えば、次はちろちろと乳頭を責めてくる。絶妙な緩急が、孝司の胸を急成長させた。
「あっ、も、出ちゃう……イきたい……っ」
孝司は仁科の焦らすような愛撫が嫌いだった。
早く解放されたくて、孝司はつい仁科に乳首を刺激されながらも、自らのものを扱いてしまう。孝司の小さな抵抗を、仁科は受け流してくれた。
「ひゃ……ん、ああ、あ……あぁん!」
だが今日は仁科の舌技だけで孝司は達することができた。
自らの力を借りず、自分の醜い欲望に負けることなく、パートナーの力だけで達することができたのだ。孝司は嬉しかった。同時に仁科にも、この喜びを分かち合ってほしかった。
「サトシ、もう外していい?」
孝司は言葉で聞きつつも、とっくに外しにかかっていた。
「……サトシ、どうしたの?」
仁科の反応は期待していたものよりも薄かった。いつも通り。感情をあまり外に出ないのだろう。きっとそうだ。仁科と直接向かい合って話すのは久しぶりで、少し照れくさくなってきた。いっそ目隠しをしたままにしておけばよかった。
仁科が何も話さないので、孝司は先に仕掛けることにした。
「あの……」
直接口に出すのは恥ずかしかった。子供のように手をもじもじと動かしてしまう。
一呼吸おいて、孝司は仁科に言った。
「……サトシのものが欲しい」
ふたりにとっての記念日である、あの日以降、仁科は一度も孝司を抱いてくれなかった。
ベッドを共にすることはあっても、孝司の身体を弄ぶばかりで、仁科と繋がることはなかった。
孝司は薄々気づいていた。仁科は怒っている。
なぜだかわからないけど、孝司が仁科を想っているよりも、仁科の愛情は冷えている。案の定、直接的な要求に対しての回答は無い。
「やっぱり、何でもない。おやすみなさい、サトシ」
「……では、また明日」
そう言い残して、仁科は部屋を後にした。孝司を振り返ろうとすらしなかった。
仁科が去った後、孝司はシャワーを浴びて汗と精液を洗い流し、それからシーツに包まって横になった。右足首の足枷は、今の孝司にとって、在って無いようなものだ。
ここに監禁されたばかりの頃は、この足枷が煩わしくて、何度も外そうと足掻いた。もちろん鍵が無ければ外すことはできない。わかっていても無駄な抵抗を繰り返し、擦り傷が増えていく一方だった。
いつからかこの足枷が、仁科の愛情の証なのだと気づいた。孝司は足枷で繋がれていることに安心感すら抱いたのだ。
そしてこの薄暗い監禁部屋も、いつしか仁科を迎え入れる場へと変わっていた。
仁科は先生らしく、毎日課題と称し、様々なアダルトグッズを使った自慰や羞恥心を煽る行為を要求する。明日はどんな課題が出されるのだろうかと考えると心が弾んだ。
仁科との距離が少しずつ離れていくことは正直寂しかった。身体に触れる回数も減ったし、言葉にも時々棘がある。あからさまに拒絶されることも珍しくなかった。
それでも毎日のように自分ひとりに逢いに来てくれると思うだけで孝司の心は満たされた。
「大丈夫。サトシも愛してるって言ったじゃないか……」
孝司はそう自分に言い聞かせ、そのまま深い眠りへと就いた。
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