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純愛 7-1
片山は会社帰りに、近くのコンビニに寄った。平日は仕事が忙しく孝司の様子を見に行けない。週末行く時は孝司の好きな物でも食べさせてあげたいと、菓子コーナーを見ながらひとり微笑んだ。
まあ、今の孝司と仁科との間に付け入る隙はないのだが。
片山はその場から離れ、ペットボトルのお茶と値引きされたおにぎりを手に取り、レジへ向かう。ふと、前の女性客の姿が目に入る。彼女の後ろ姿に、どこか見覚えがあったのだ。
しかし最後に会ったのはもう十年以上前だから違うかもしれない。それでも醸し出す雰囲気が彼女を彷彿させた。
会計を終えた彼女が振り返る。彼女と目が合うが、自分の会計を済ませないといけないと思い、片山は彼女から視線を外した。
片山からコンビニから出ると、何とそこには先ほどの女性が待ち構えていた。
声をかけたのは彼女の方からだった。
「もしかして、片山先生ですか?」
彼女が片山の顔を見ながら問う。片山の中で、過去の彼女と現在の彼女とが繋がった。
「……坂本さん?」
彼女が不安げに聞くと、坂本あゆみは旧友に会った時のような笑顔で答えた。
「はい、お久しぶりですね。先生、お元気でしたか?」
「何とかね。この歳になって相手もいないから、ひとり寂しく暮らしているけど」
「先生、結婚できそうなのに意外ですね」
あゆみは口元を隠して笑った。当時から彼女はどこか大人びていて同世代の子供たちよりもしっかりしていた。
「先生はこの近くにお住まいですか?」
「いや、会社帰りだよ。それにしても先生呼びは止めてくれよ。もう昔の話じゃないか」
「ふふっ。懐かしいですね」
片山とあゆみが出会ったのは、今から十二年前。
片山が大学生の頃、家庭教師のアルバイトで担当をしていたのが、当時中学生のあゆみだった。有名進学校を目指した親の教育方針でマンツーマンの授業を、というのが家庭教師を選んだきっかけだった。
とはいえ、元々あゆみの成績は良かったし、正直片山が力になれたのかはわからない。結局教師は向かないと判断して、今の道に進んだのだ。
「私は高校の先生になったんです」
「すごいじゃないか!」
「片山さんのおかげですよ。当時はお世話になりました。本当にありがとうございます」
あゆみは頭を下げたが、彼女が教師になったのは間違いなく彼女自身の努力の結果だろう。
「そういえば片山さんは、今何のお仕事を?」
「不動産関係さ。小さな会社だけど楽しくやってるよ」
「不動産会社ですか。私の弟もそちらに興味があるらしくて……やっぱり男の子ですね」
「弟って、もしかして貴久くん?」
「あら、ご存じでした?」
坂本という苗字を聞いて、もしやと思っていたが、やはり貴久はあゆみの弟だったようだ。
貴久はあの日、孝司を仁科に引き合わせた張本人である。
「うちの会社の説明会に来てね。それからもインターンで何度か。そのまま就職するんじゃないかな」
「世間は狭いですね」
コンビニの前だというのに、随分と話しこんでしまった。
「これからも弟をよろしくお願いしますね、片山先生」
「だから先生は止めてくれよ。夜遅いから、気をつけて帰るんだよ」
「片山さんこそ、子ども扱いしないでくださいね」
片山とあゆみは和やかな雰囲気のまま別れた。
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