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純愛 9-1
そろそろ孝司の世話をしに行く時間だ。
片山は仁科が監禁部屋から出てくるのを待っていた。あの部屋には仁科の許可なしに入ることができない。
仁科が孝司を監禁してから、もう少しで一か月が経つ。このまま平穏に事が済むとは思っていない。孝司を探している人物も、当然いるだろう。
扉が開き、慌ただしく仁科が出てきた。突然、仁科が使っている空き部屋に飛びこんだと思ったら、しばらくしてスーツに着替えて出てきた。仁科のスーツ姿は会社に勤めていた頃以来だろう。
「どこに行くんだ、仁科?」
「人に会いに行きます」
そう言い残して仁科は出かけた。
片山は仁科の急な予定変更に嫌な胸騒ぎがした。いったい何が起きたのだろう。気になった片山は悪いと思いつつ仁科の部屋に入った。
狭い部屋にはベッドと机しかない。生活感の欠片もないその部屋の中に投げ捨てられた白衣だけが、そこにそれまで人がいたのだという証を残していた。
「何があったんだ?」
片山は事情を知っているであろう孝司に会うために足を進めた。この胸騒ぎが杞憂であると、片山は信じたかった。
「孝司くん、大丈夫かい?」
片山は監禁部屋に入り、ベッドに横たわる孝司に声をかけた。
「孝司くん……?」
反応はない。最初は失神しているだけかと思ったが、現実は違っていた。孝司は両目を見開き、涙を流していた。前にもこんなことがあったような気がする。
孝司の口元には血が滲んでいて、暴行を受けた痕が見受けられた。
片山は孝司を拘束してある手錠を外した。
「まだ、挿れられたままかい?」
「……」
「わかった。じっとしていて……」
片山は孝司の後腔に指を挿れ、ゆっくりとローターを取り出した。そして最後に右足首を戒める枷を外す。それから汚れた身体をバスルームに運び、後始末をする。
これらが仁科から任された一連の流れだ。
その間、孝司は一言も話さずに片山に身を委ねた。
「孝司くん、枷を外すよ」
片山が孝司の足首に触れようとした時、今まで黙っていた孝司から鋭い声が上がった。
「触るなっ!」
孝司が身体を起こし、足枷を守るように右足を抱えこんだ。その目は何かに取り憑かれているように、爛々と光っていた。
「落ち着くんだ、孝司くん」
「うるさい! もう放っといてくれ!」
孝司は両手で頭を抱え、片山の声に耳を貸そうとしない。その姿は何かに怯えているようにも見えた。
「……いったい何があったんだ?」
「これ、外さない?」
孝司は足枷を指して言った。片山は頷いて先を促した。
「啓一から連絡があった」
「啓一って……」
「サトシの携帯にあいつから電話があったんだよ!」
片山は孝司の言っていることが信じられなかったが、もしそれが本当なら先ほどの仁科の行動にも納得がいく。
「片山さん、俺はどうなるの?」
孝司がすがるような目で片山を見る。
「サトシが啓一の所に行ったら、俺は捨てられる? 俺はもう要らないの?」
「孝司くん……」
「サトシはまだアイツが好きなの? 俺のことなんて、もうどうでもいいの……っ?」
「孝司っ!」
片山は孝司を抱き締めた。孝司の身体が硬直する。彼は驚いて身を離そうとしたが、片山は両腕の力を強め決して逃そうとしなかった。
「……片山さん?」
「大丈夫だ、孝司くん」
片山は孝司の顔を覗きこみ、力強く宣言した。
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