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純愛 14-1
「きっかけは孝司と連絡がつかなくなったことだ」
啓一は仁科に語り始めた。
「兄弟間の仲が上手くいっていなかったのは、お前も知っているだろう。ただそれでも孝司は俺から連絡すれば必ず返してくれる律儀な子だ。その孝司に送ったメールの返事が無いと気づいたのが、一か月ほど前だ」
あのとき何でもっと早く連絡を取らなかったのかと、啓一は何度も自分を責めた。
「俺は仕事を理由にこの問題から目を背けていた。それからしばらくして同僚に助言された。俺は彼女の言う通りに孝司のアパートを訪ねた。しかし、そこはもぬけの殻だった。仁科、あれはお前の仕業か?」
「……ああ、そうだ」
大家が話した相手である〝お兄さん〟とは仁科のことであった。それから啓一は孝司のアパートを出た直後に、弟に繋がるキーマンとなる人物に出会った。
「それが坂本貴久だ」
「坂本?」
「俺の同僚の弟だ。そして彼ら姉弟の話を聞くうちに興味深い人物に辿り着いた。片山亮介だ。彼は元家庭教師で、かつて俺の同僚を教えていたらしい。偶然片山と再会した同僚が、嬉しそうに話してくれたんだ」
あゆみが教師を目指すきっかけとなった人物だと、そのとき啓一は聞いた。
「弟の貴久は片山が働く会社に度々顔を出していたそうだな。聞けば孝司も一度だけではあるが行ったことがあるそうじゃないか」
ここにきて姉弟と関わりを持つ片山という男が気になった啓一は、あゆみに頼み片山との間を取り持ってもらった。数日後、話を聞く機会を得たのだ。
「片山が外では会いづらいと言って社内で会おうと提言した。俺は彼の言う通りにした。俺は孝司を見つけたい一心だったんだ……っ」
核心に近づくにつれ、自らの発言も次第に熱を帯びてくる。だが、すべてを話し終えるまでは冷静でいようと、啓一は心に誓っていた。
「片山は気さくな人柄で俺は好印象を持った。ダメ元で孝司の名を出すと、覚えがないと返された。やはりそうかと肩を落としかけたとき、事務所の隅に置かれた机が気になった」
資料やファイルが乱雑に積み上げられていて、啓一はその場所だけが異質に思えたのだ。疑問に思った啓一が片山に尋ねると、それまで朗らかだった表情が強張り、啓一にだけ聞こえるような声で囁いた。
「『あれは元社員の机だ。二か月前に辞めた仁科という男のものだ』と。俺はその男のフルネームを聞いた。もしかしたら大学の同級生かもしれないと伝えて。そして仁科智。お前に繋がったわけだ」
これで簡単な経緯は話し終えた。
自分でも荒唐無稽な語りだと思うが、啓一にはもう時間がない。
一刻も早く、孝司の無事を確かめたかった。
「それに孝司を探しているのは俺だけじゃない。貴久も孝司を探して何度もアパートに立ち寄ったようだ。彼らは友人だ。彼の熱意もあって、片山との面会が実現したと言っても過言ではない。他に聞きたいことはあるか?」
啓一が問うと、仁科はしばらく逡巡した後、首を左右に振った。
「もう充分さ。君たちの……いや、片山の関係者をもっと深くまで掘り下げておくべきだったな」
「もういいだろう。早く孝司と会わせてくれ」
「わかったよ、長瀬」
そう言うと仁科は携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。啓一はその様子を、ただ見守った。だが、仁科の表情が途端に険しくなる。何度も電話を掛け直す、そのただならぬ姿に、啓一は身構えた。
通話を諦めた様子の仁科が立ち上がり、支払いを済ませようとする。啓一はすかさず声をかけた。
「今の通話相手は誰だ? いったい何があったんだ?」
「相手は片山だ。その彼と連絡が取れなくなった。私は今すぐ戻る」
「そこに孝司がいるのか?」
「ああ」
「俺も連れていけ」
「初めからそのつもりだ」
啓一と仁科は駅前のタクシーを拾って、孝司がいるであろう場所へ向かう。ようやく探し求めていた弟に会える。
到着した先は古びた二階建て住宅だ。夜中といえど、この辺一帯には寂れた雰囲気が漂っていて、人の気配がなかった。
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