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狂想 2-2

     ◇ 「一緒に逃げよう孝司……。お前は俺が守ってやる」  その声が聞こえた瞬間、右足首を縛める足枷に手がかけられた。  孝司はとっさに飛び起き、その手を払いのけると、相手を睨みつけた。片山はひどく驚いた顔を見せたが、すぐに平常時の笑みを取り戻し、ゆっくりと孝司に語りかけた。 「まだ起きていたのかい。子供はもう寝る時間だぞ」  温かみのある優しい語り口調だが、片山は再び足枷に手を伸ばそうとする。もう片方の手には小さな鍵が握られていた。  片山の目的を察した孝司は、彼から身を離しベッドの隅まで逃げる。この枷だけは絶対に外させない。 「手をどけてくれないかい? 早く逃げなければ仁科が戻ってきてしまう。今しかチャンスはないんだ」 「俺は逃げない」 「このままここにいたら、お前は壊れてしまう」 「壊れてもいい!」  それは本心から出た言葉だ。目の前にいる片山の表情が苦々しく歪もうが構っていられなかった。 「サトシにどう思われてもいい! 俺はサトシと一緒にいたい!」 「……聞き分けのない子は嫌いだ」  片山の言葉から抑揚が消える。代わりにどっしりと重たい狂気の渦が片山を包みこんだ。 「お前は俺が教育し直してやる」 「……は?」 「仁科のことなどすべて忘れてしまえ!」  突然、片山の力強い腕が足枷の鎖を引き寄せた。勢いよく引かれバランスを崩した孝司は、背中からベッドへと倒れこむ。  片山は嫌がる孝司の抵抗を抑えこみ、足枷の鍵を外そうとする。  孝司は上体を起こし、今にも枷を外そうとする片山の腕に向かって思い切り噛みついた。 「ぐっ」  片山が一瞬怯んだ隙に、孝司は掴まれた鎖を取り戻そうとしたが、片山の動きの方が早かった。 「っ……孝司!」  怒声と衝撃は同時に孝司の身体を襲った。ベッドに仰向けに倒れ、頭の後ろを打った時にはあまり痛みを感じなかった。それよりも目の前の男に恐怖を覚える。殺されると本能が叫んだ。  倒れた孝司の上に伸しかかった片山は、怯える孝司の顔を何度も殴り続けた。  手でガードしようにも、あまりにも重い衝撃に意識が朦朧とする。  視界が乱れ、頭の中にもやが広がり始めた頃、ようやく片山は拳を止めた。それからはっとした表情になり、すぐさま倒れたままの孝司を抱き起すと、両腕でしっかりと抱きしめた。 「ああ……ごめん……お前を傷つけるつもりはなかったんだ……でもお前が、俺の言うことを聞かないから、思わず……っ、孝司……ごめんな……」  片山の胸に抱かれたままの孝司の意識は少しずつ堕ちていき、次第に闇へと霧散する。  片山が何を言っているのか、最後まで聞き取れなかった。

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