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狂想 4-1
「殺そうと……なんて物騒なこと言うなよ」
片山は強張る孝司の顔を両手で包みこみ、諭すように言った。
「お前は仁科から逃げたかった。だから俺に頼んだ。そうだろう?」
「頼んでない」
「ここにいればもう安心だ。仁科は来ない。俺がお前を守ってやるからな」
「触るな……っ」
熱を帯びた手のひらが気持ち悪くて、孝司は片山の腕を跳ね除けようともがいた。だがその身体は強靭で、いくら抵抗してもビクともしない。
そればかりか頬を覆っていった親指が下唇をなぞり、ぬめぬめと侵食していく。まるでヒルのようだ。
「怖がらなくても大丈夫。俺はお前を傷つけたりはしない」
そう言って柔らかな笑みを見せるが、片山の目は笑ってはいなかった。胡散臭い笑みを浮かべる片山を、孝司はこのとき初めて怖いと思った。
傷つけないと言いながらも、あの部屋で振る舞われた暴行の嵐。
その傷はいまだに癒えてはいなかった。
先程から噛み合わない会話も、片山という人間性をわからなくさせている。少なくとも出会った頃の彼は裏表がなく、もっとわかりやすい男だった。
「何で?」
「ん?」
「何でこんなことしたんだ。俺はあの場所にいたかったのに。サトシと一緒にいたかったのに!」
一度口から零れたら、もう止まらなかった。
「あんたに俺たちの何がわかる? 俺はサトシが好きだ。だから望んで繋がれていた。なのに……、あんたは無理矢理俺を……!」
「孝司?」
「俺を殴って……無理矢理俺を、嫌だって言っても、無理矢理鎖を外した……痛くて、怖かったのに……あんたは、何度も何度も殴って……どうしてこんなことしたんだよ!」
孝司は苦しい胸のうちを吐き出し、目の前の胸に何度も拳を打ちつけた。
どうにもならない現実に嫌気がさす。女のような泣き言を喚く自分自身にも腹が立つが、顔を上げた先に見えた片山の表情に苛立ちは増長した。
片山はどこか憐れむような、言うことを聞かない子供を慰める親のような目で孝司を見ていたのだ。
「……サトシの所に帰りたい」
「そんなこと言わないでくれ」
片山は震える孝司の肩に手を置き、苦笑しながら言った。やがてうつむいたままの孝司を見て、何かに思い至ったように、あっ、と声を上げた。
「もしかして拗ねているのか?」
「……は?」
合点がついたとばかりに、そうかそうか、と頷きながら、片山は晴れやかな顔を見せた。
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