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狂想 4-2
「あんな部屋にずっといたから精神的に参ってしまったんだな。何か欲しいものはあるか? 必要なものは全部俺が買ってやるから」
「ふざけるな! 俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「馬鹿になんかしてないさ。お前こそ意地を張るのは止めろ。そんなに俺を困らせないでくれ」
そんなお前も可愛いが、と少し照れながら片山は言った。子供扱いされたこともそうだが、これ以上話してもらちがあかない。
この男に孝司の言葉を理解する能力はもう残っていないのだ。
「もういい」
「?」
「帰る!」
孝司は膝を蹴り上げ、片山の股間を狙った。当たりはしたが、それほどの威力はなく、成果としてはせいぜい片山の注意を逸らすことくらいだ。
だがそれは功を奏し、孝司はわずかに緩んだ片山の拘束から抜け出すことができた。そのまま玄関の方へ走る。しかし部屋中に散乱したゴミにつまずき、孝司は転んでしまった。
「い……っう」
右足首に嫌な痛みが走った。元々痛めていた個所だが、どうやら躓いて転んだときに、変な方向へ捩じってしまったようである。
「大丈夫かい?」
のんきに問いかける片山の声を背に、孝司は床を這いながら出口へと進む。
ここを出ればサトシの所へ行ける。サトシにまた会いたい。孝司を支えるのはその想いだけだ。
しかし無情にも片山の魔の手が、孝司の逃走を遮った。
「どこへ行く?」
「痛っ、ああっ!」
孝司はあまりの激痛に身を強張らせた。あろうことか片山は孝司が痛手を負っている右足首を強い力で握ったのだ。
「逃げるつもりか?」
「いっ……は、離せ! い、ぁ、ああああ!」
「答えろ」
ぎりぎりとまるで万力のように片山は孝司を掴む力を強めていく。
「どこへ行くつもりだ? まさか仁科のもとへ戻りたいなんて言うんじゃないだろうな?」
「離せっ! 離せえええ!」
「答えろっ!」
「うるせえ! 俺はサトシのところへ帰る! サトシのところへ帰るんだっ! だから離せって言ってんだろ!」
「……サトシ?」
「いっ、あ」
「もう一度言ってみろ。お前は誰の名を呼んだんだ?」
「痛……っあ、ああ……っあ……」
「二度と仁科の名を呼ぶな」
「ぅあ……ぁっ、あ……っ、し、死ねっ、クソがッああああ!」
孝司は自由な左足で片山の鼻頭を蹴り飛ばす。骨が折れる、嫌な音がした。
「くっ、くくく……」
だが、顔面を鼻血で汚しても、片山は孝司を離そうとはしない。それどころか不敵に笑い始める。
正気の沙汰とは思えなかった。
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