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狂想 4-5

「俺のことが好きか?」  すりこみのように何度もささやかれる。 「お前が愛しているのは仁科じゃなくて、この俺だ」  一度精を吐き出すと、片山は粘つくそれを指にからめ、孝司の後腔に捻じこませる。爪の先が直腸を抉り、体内に嫌な痛みが走った。 「うぅ……っ……ぅ」  はじめは人差し指だけだったが、それに中指が加わり、閉ざされていた秘孔を少しずつ広げていく。くちゃくちゃとした粘着音が凄惨な空間の中に、わずかな淫靡さを醸し出す。  だがそこに快楽は見いだせない。吐き気がこみ上げる。生理的に無理だ。このままでは仁科以外の男に犯される。  誰か助けて。  その途端、片山の熱棒がみしりと音を立てて孝司を貫いた。  内側から迫りくる圧迫感に、身体中から脂汗がしたたる。これは悪い夢だ。  片山は孝司の細腰を掴み、激しく律動を繰り返す。後腔が裂けて畳に血が滲んだ。 「いいか孝司。仁科は啓一に会うために出て行った。お前を捨てたんだ」  ――違う。サトシは俺を捨てたりなんかしない。 「お前は仁科に愛されてはいない。お前を愛しているのは俺だ。俺はお前を捨てたりはしない」  ――サトシは俺を捨てたりなんかしない。 「お前も俺を愛している。だからここも喜んでいるだろう?」  ――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。 「俺を愛していると言え。そうしたら、イかせてやる」  頭の中が混乱する。何が正しいのかわからない。  片山は孝司を突きながら、空いた手で孝司の性器を扱き、今度こそ射精させようとする。その手つきは荒く、時に痛みすら感じるが、確実に孝司のものは反応していく。快楽とは無縁の性欲を暴かれるようで恐ろしかった。 「俺を愛していると言え、孝司。仁科はもうお前を愛していない。仁科は啓一を選んだんだ」  ――啓一。俺の兄、啓一。  仁科が孝司ではなく、兄の啓一を選んだことは薄々気づいていた。最後に仁科の姿を見たあの日、孝司が呼び止める声も聞かずに、仁科は啓一の呼び出しに応じ、孝司をひとり置いて出て行った。  ――何で俺じゃないんだ。何で啓一なんだ。  ――俺はお前とは違う  悪夢の言葉が囁かれた。  孝司は血の繋がった兄を、今日ほど憎いと思ったことはない。殺したいほど人を憎んだのは初めてだった。  片山の手で猿ぐつわを外され、自由になった口は無意識のうちに答えていた。 「……片山さんが好き……愛している」 「俺は亮介だ。そう呼んでくれ」 「リョウスケ……」 「そうだ。何回も繰り返せ」 「リョウスケ……リョウスケ……」 「ああそうだ。いいぞ、孝司。もっと俺の名を呼べ」 「リョウスケ……リョウスケ……リョウスケ……」  孝司はうわ言のように片山の名前を呼び続ける。そこに孝司の意志はない。  片山の律動は激しく、むき出しになった背中が畳に擦られて痛い。胎内で踊り狂う片山の性器は、今にも腸壁を突き破りそうなほどにその存在を主張している。  片山の手によって扱かれている孝司の性器も鈴口から先走りが溢れ、射精まで時間の問題だった。  片山が低く唸る。接合部に当たる陰嚢がどくりと脈を打つ。瞬間、片山は一気に射精し、孝司の胎内を穢す。孝司もつられて弱々しく精を放った。 「はぁ……はぁ……ああ、良い……良かったぞ、孝司」  片山はそのまま孝司の上に覆い被さり、孝司の髪を撫でる。 「ようやくひとつになれた」  ねっとりとした片山の口づけにはもう慣れた。慣れてしまった。 「愛しているよ、孝司。これで俺たちは恋人同士だ。これからも俺を好きだと言ってくれ」  片山は孝司をまるで本物の恋人のように優しく扱い、抱きしめてくる。これは間違っている。そう思いたいのに、脳は言うことを聞かなかった。 「俺もお前を一生愛し続けるから」

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