68 / 82

狂想 7-1

「何、突っ立ってるんだ。早く行くぞ、仁科」 「ああ……すまない、啓一。陽の光が眩しくて」  先を行く啓一が棒立ちの仁科に注意を促す。  この場所に来る前に仁科のむさくるしい髪を整えさせ、吊るしものだがスーツも新調した。  こざっぱりした仁科はオフィス街に馴染んでいた。 「それにしても似合うな。普段からそうしていれば、お前もモテるだろうに」 「君に言われても褒められた気がしない。君に比べたら私は……」 「もっと自信を持てばいい。お前はお前だろう」  背後で息を呑むかすかな声が聞こえたが、啓一は構わずにエントランスに入り、エレベーターホールへ足を進めた。エレベーターが到着するまで、仁科はずっと足元を見つめていた。 「怖いのか?」 「……ああ、怖いさ。私は誠実な君と違って卑怯な人間だからね。今にも逃げ出したくてたまらないよ。だけど――」  仁科はしっかりと前を見すえる。 「――私は変わらなければならない。自分の足で前に進む。それが、君たち兄弟へのせめてもの償いになればと思っているよ」  そこにいたのは妄執から解放され、新たなる一歩を踏み出そうと誓った仁科智の姿であった。 「あの頃に戻ったようだな」 「あの頃?」 「大学時代だよ。実を言うと……あの頃のお前が、俺は好きだった」 「啓一……」 「さあ行くぞ。時間は待ってくれない」  啓一はすっと身を引き、仁科を前に立たせた。  エレベーターが到着し、仁科が目的のフロアのボタンを押す。  ディスプレイが三階を表示し、扉は開かれた。

ともだちにシェアしよう!