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狂想 7-2

「仁科さんじゃないですか!」 「や、やあ葉山くん……」  啓一と仁科を応対したのは孝司よりも少し年上であろう葉山という若い社員だった。  葉山は仁科を見るなり手に持っていたファイルを投げ出す勢いで駆け寄って来て、隣に立つ啓一の目には、なぜか彼の尻にブンブンと揺れる尾のようなものが見えた気がした。 「体調は大丈夫なんです? 長い間入院していたって聞きましたけど……」  仁科の裏事情を知っているのは片山だけらしい。フロアにいた他の社員も皆同様に、葉山と似たような言葉をかける。 「心配をかけてすまない。もう大丈夫だ」  仁科はそれとなく話を合わせる。  それを聞いて葉山は破顔し、安堵の息を吐く。 「それは何よりです! それで仁科さん、復帰はいつ頃になりそうですか?」 「いや、私はもうここの社員じゃない」 「ええ? 仁科さん休職扱いになっていますけど?」 「そんなはずは――」 「俺、また仁科さんと仕事できる日を楽しみにしてたんです! 復職は来年度からですか? それとも、もう少しお休みして万全な体調で復帰って感じですかねえ。どちらにしろ、俺たちずっと待っていますから。ねえ、課長!」  葉山がデスクに座る課長に声をかけると、人が良さそうな課長はうんうんとうなずき、目の前の仕事に戻る。 「仁科さん! また俺たちと一緒に仕事しましょうよ!」  葉山や社員たちの醸し出す雰囲気に、啓一はふと仁科がうらやましくなった。仁科には待っていてくれた人達がこんなにもいたのだ。 「ファイルはお前が何とかしろ」  仁科にそっと耳打ちし、啓一は本来の目的のためにこの場の責任者である課長の元に赴いた。 「私は仁科の友人の長瀬と申します。また片山主任の知人でもあります。実はここ数日、片山さんと連絡が取れなくて困っているのです。ここでの勤務態度はどのような感じでしたか?」 「それがですねえ、長瀬さん」  啓一が問うと、課長は薄くなった頭頂部を気にしつつ、頭を掻く。 「片山のヤツ、まったく連絡が取れんのですよ」 「無断欠勤、ということですか? 自宅にも連絡がつかないのでしょうか?」 「電話に出ませんね。一度、部下を自宅にやったが、調子が悪いとか言ってまったく出てこなかったそうです。アイツも働きずくめだったから、疲れが出たんでしょうかねえ。一応、有給扱いにはなっていますけど、もう一週間近く経つからなあ。我々としても心配なんですよねえ」 「部下をやったということは引っ越してはいないと? 片山さんの現住所は変わらないのですか?」 「一応個人情報になるからねえ……」 「止むを得ない用事があるのです。お願いします」 「そうだねえ……」  課長は啓一の肩越しに、いまだに社員たちの輪の中にいる仁科に目をやる。 「仁科くんがうちに戻ってくるのなら、考えないこともないよ。それでいいかい?」  啓一は仁科の許可も取らずに、すぐさま首を縦に振った。

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