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狂想 9-1

 荒く息をつきながら、片山は手にしていたビール瓶の残骸を部屋の隅に投げる。  足元には後頭部から血を流す孝司が横たわっている。ぴくりとも動かない。いや、かすかに息はあるようだ。  片山は下げていた視線を窓の外に向ける。見ると、仁科が立っていた。数日ぶりに見た仁科は、最近見慣れていた白衣ではなく、スーツを身にまとっている。どこか懐かしさも感じさせられる。 「仁科智か……」  かつて直属の後輩だった男の名を口にする。  仁科はここへ乗りこむつもりなのだろうか。  まあいい。これで最後だ。  片山はうっそうと笑い、今なお血を流したまま意識がない孝司の元に跪く。 「大丈夫だ、孝司。俺が最後まで守ってやるから」  孝司を仁科に渡すわけにはいかない。孝司を仁科の手から守らなければならない。  ――そう、孝司を守るのは俺の役目だ。  片山は孝司の身体をそっと引き寄せ、怪我の具合を確認する。出血のわりに、幸いにも傷口は小さい。  だが、いつに間にか孝司の身体には痣や擦り傷がいくつもあって、また体温も高い。発熱しているのだろうか。 「傷だらけだね、孝司。もう限界のようだ」  片山は孝司をぎゅっと抱きしめる。  このぬくもりを手放したくはない。  だが、現実は残酷だ。  遠くのほうで騒々しい物音がした。

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