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狂想 10-1

 誰かに呼ばれたような気がした。  仁科は声のする方を見る。上空だ。視線をさらに上げる。 「……っ」  古びたアパートの一室。二階の角部屋の窓に、探し求めた青年の姿がある。孝司だ。  仁科は衝撃で動けない。あれは片山の部屋だ。 「長瀬、孝司……くん……」  孝司は何度も窓ガラスを叩き、仁科に向けて何かを発している。窓ガラスを壊そうとしているのか、その姿は必死だった。  助けたい、と本能が動く。  だが、この感情は何だ。仁科はひどく戸惑う。  今まで孝司を啓一に見立てて愛していた、つもりだった。  しかし啓一から彼に対する想いの正体は親愛であると見抜かれた。  では、今、仁科の中でうごめくこの想いは何であろう。  だが孝司の姿を見て、心のわだかまりが少しずつほぐれていくような気がした。  瞬間、孝司と目が合う。心が通じ合う。 「孝司くん……っ」  そのとき、仁科の視界から孝司の姿が消える。はっとする余裕もなかった。  その後片山と思われる男が姿を見せたが、それは一瞬のことであった。 「仁科……?」  まだ孝司に気づいていないのであろう。いぶかしむ啓一の声が耳に届く。 「仁科!」  呼び止める啓一の声を振り切って、仁科は駆け出した。

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