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狂想 10-2

 外づけの階段を駆け上がる。体重の軽い仁科でさえも、ギシギシと金属が軋む音がする。  雨ざらしの階段は鉄臭く、それだけで外部の者の侵入を拒んでいるかのようだ。  二階へ辿り着く。角部屋を目指して走る。他の住人の気配はない。好都合だ。  表札はかかっていなかったが、ここが片山の部屋――孝司の姿を見た部屋だ。  仁科はドアノブを回す。鍵はかかっていない。どういうことだ。何かの罠なのだろうか。逡巡したのち、仁科は勢いよく扉を開け、中へ侵入する。形容しがたい嫌な臭いがした。 「いらっしゃい」 「……片山さん」  仁科が足を踏み入れたとき、片山は居間の中央で胡坐をかき、その膝の上で孝司を横抱きにしていた。周囲の畳には血痕が飛び散っており、孝司の髪も何かで濡れているように見受けられる。  仁科の心がざわつく。 「孝司くんは無事ですか」  片山の腕に抱かれたままピクリとも動かない青年。孝司はただ意識を失っているだけなのだろうか。  それとも――。  仁科は孝司の具合を確かめようと一歩前進しようと足を動かすが、その行為は片山によって止められる。 「動くなよ、仁科。一歩でも動いたら刺すぞ……もちろん、孝司を」  片山の手には小型の包丁が握られている。  仁科はデジャヴを感じる。そして思い出す。  今の状況は孝司を初めて犯した日、あのときの仁科と片山の立ち位置を、そっくりそのまま入れ替えただけである。それをわかっていて片山はこのようなセリフを言ったのだろうか。  苛立ちのあまり、仁科は爪がくいこむほど強く、手のひらを握り締めた。 「片山さん、自分が何をしているのかわかっていますか? これは犯罪ですよ。今すぐ孝司くんを解放してください」 「お前に俺を責める権利があるのか? 俺は孝司を凶悪な誘拐犯――いや、性犯罪者から保護してやっただけだ。それの何が悪い?」 「だったらあなたが手にしているものは何ですか?」 「ああ、これか?」  片山は右手に握った包丁を孝司の首筋にそっとあてがう。孝司はまだ目覚めない。 「見ろよ、仁科。孝司の身体はボロボロだ。もう限界なんだ。だから、孝司が寂しくないように俺が死なせてやる」 「……本気で言っているのか?」  仁科は目の前の人物と、自分がよく知っていたはずの人物とが重ならず、ひどく混乱した。  片山のテリトリーに入った瞬間から――いや、それ以前に、この男はどこかしら狂っていたのだろう。そうでなければ、このような凶行は犯さない。  仁科は一歩足を踏み出す。だがそれを見咎めた片山は包丁の刃先をすぅーっと引き、孝司の華奢な首筋に一筋の線を引いた。 「よせ!」 「動くな、と最初に忠告しただろう?」 「孝司くんを傷つけるな!」 「偽善はよせ。最初に孝司を傷つけたのは他でもない仁科、お前だろう? 無関係の人間を監禁して陵辱して、挙句の果てには洗脳までする。お前のほうがよっぽど狂っているよ。いいか、よく聞け。お前が嫌いになったから、孝司は俺のもとにいる。すべてはお前が悪いんだ」

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