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狂想 13-1
「か、片山さん……?」
部屋に踏みこんだ啓一は部屋の主人の姿を見るなり、言葉を失う。それはそうだろう。誰が見てもこの空間は異常だ。
それから啓一は片山が抱えている、青年に目を向ける。
「孝司……」
啓一の実弟である孝司は、かつての協力者であった片山の腕に囚われている。
力強い太い腕に抱かれ首筋には包丁があてがわれている。小ぶりのサイズとはいえ、切れ味は鋭そうだ。少しでも動けば、孝司はたちまち傷つけられてしまうだろう。
仁科には啓一が動揺しているさまが手に取るようにわかる。
啓一が仁科よりも前に踏み出そうとすると、片山は包丁を持つ手に力をこめた。孝司の首筋からさらに血が流れる。
「これは……どういうことだ?」
啓一が横目で仁科に訊く。
「最悪の状況だよ」
仁科は孝司から視線をそらさずに答える。
「なるほど。たしかにそうだな」
緊迫した雰囲気を破ったのは片山の安穏とした声だった。
「やあ啓一くんか。久しぶりだね。可愛い弟に手を出してすまない。だが俺たちは愛し合っているんだ。本物の恋人同士なんだ」
「……ふざけているのか?」
片山の妄執に啓一もついていけないらしい。だが、片山の言動は啓一の怒りを助長させるだけだ。
「孝司を離せ!」
「それはできない。孝司を離したら、彼は俺を残して死んでしまうだろう。そんな悲劇はあんまりだ。君も望まないだろうお義兄さん?」
「何がお義兄さんだ! それ以上孝司を傷つけてみろ。俺はお前を殺す」
「君に殺される前に、俺は自分で死ぬさ」
「っ、片山ぁあああ!」
「よせ啓一! 不用意に動くな!」
「止めるな仁科! 俺はあいつを殺す! 殺してやる!」
「……ケイイチ?」
混沌とした密空間に、聞き取れないほど小さな声が囁く。
仁科は彼の方を見る。今まで静かにしていたのが不思議なくらいに、孝司の目は怒りに狂っていた。
「啓一がいる……?」
孝司の目は仁科からそれ、隣にいる実兄の姿を捉える。
「孝司……」
長瀬兄弟の再会は、あまりに不自然な空気で、それでいて手に汗握る状況下で執り行われた。
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