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狂想 14-2

「サトシ…………?」  孝司は硬直した。 「どうして?」  啓一を刺したはずなのに。なぜ見上げる先に苦痛に顔を歪めた仁科の姿があるのだろう。  どうして俺は仁科を刺しているのだろう。  どうしてこの両手は血に染まっているのだろう。  孝司は混乱する。思わず凶器の柄から両手を離そうとしたが、彼らの背後からもうひとりの男の声がかかる。 「仁科!」  仁科の背中を啓一が支える。やっぱり啓一は仁科のことが好きなんだ。  そして、仁科もまた啓一のことが好きなんだ。 「……っ!」 「ぐっ……」  孝司は仁科に刺した包丁にさらに力をこめ、刃先を奥までぎゅっとめりこませる。  啓一に向けていた憎しみを、仁科にぶつけるように、深く深く差しこむ。 「どうして俺じゃダメなの……どうして? 答えろよ、サトシ!」 「こ、孝司くん……」  仁科は痛みに苦しみながらも孝司の背に腕を回し、力強く抱きしめた。 「これ以上……君を、傷つけたくないんだ……わ、わかって……くれ」 「今さら何を言う? 俺はそんな言葉がほしいんじゃない!」 「好きだ」 「……え」 「いいかい、孝司くん……よく聞いて。私は君のことが好きだ……君のことが本当に好きで、君を失うかと思ったら怖くて、恐ろしくて……っ」 「智!」 「……ああ、間違っても包丁は抜かないように。いいね?」 「だって、だって血が……このままじゃ智が死んじゃう……俺が、俺が刺したから」 「君のせいじゃないさ……だから孝司くん――」  その瞬間、仁科はぐったりと膝を崩し、背後の啓一に向かって倒れた。 「智……っ」 「泣くな孝司! 仁科は大丈夫だ! 仁科、すぐに救急車と警察を呼ぶ。それまでの辛抱だ」 「ああ、任せたよ……」  啓一は仁科の身体を横たわらせたあと、孝司に彼のそばにいるように伝え、自分は各所への連絡のために部屋を出た。 「ごめん……ごめんなさい、智……」  仁科は苦しそうに呼吸をしていたが、孝司が伸ばした手を優しく握り返してくれた。  ――好きだ。  想いが通じた喜びに、孝司は気を緩ませた。  しかし孝司は失念していた。  この部屋にはもうひとりの男がいることに。 「孝司」  片山だ。片山は目の前で起こった傷害事件を見ていなかったかのようなラフな口ぶりで孝司に話しかけてきた。  仁科が怪我で苦しみ、啓一が席を外した状態では、もし片山が襲いかかってきたときに孝司は太刀打ちできない。  仁科の身体に寄り添いながら、孝司はガタガタと髪の毛の先まで震えた。 「俺を見て」  言うが早いか、片山は隠し持っていたもうひとつのナイフで自らの首を切り裂いた。 「うわああああああ――っ!」 「見るな!」  孝司の頭を抱えた仁科が声を荒げる。  孝司は仁科の腕の中で、重たいものがどすんと倒れる音を聞き、そして意識を飛ばした。

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