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狂想 16-1

「まさかお前とここまでの付き合いになるとは思ってなかったぜ」 「ああ。俺もそう思うよ、坂本」  駅の改札口を出ながら、ふたりの男は学生時代のノリのまま、目的地であるオフィス街にそびえるテナントビルへ向かう。新品のスーツは彼らの身体にぴったりとフィットしていて、艶々とした革靴が、新社会人らしさを醸し出していた。  同僚とおぼしき社員たちに頭を下げ、多少気後れしながらも、ふたりはエレベーターホールへと向かう。降りてきたエレベーターに乗りこみ、坂本が操作パネルに手を伸ばすと、長身の坂本よりも高い位置から、何階ですかと尋ねる声が聞こえた。  その男は全体的にやせぎすで、細いフレームの眼鏡をかけている。  だが眼差しは鋭く、影をつくる髪型も合わさって、大人の男としての色気と威厳を感じさせた。  ふたりが緊張のあまり硬直していると、彼は柔らかい物腰で再度階数を尋ねる。坂本が目的の階を答えると、男は同じだねと言い、そのまま扉を閉めた。 「緊張しているかい?」 「いえ、以前にもお世話になっておりますし……」  坂本はそう答えるが、語尾が微かに震えている。その様子を見て男は微笑み、機内は和やかな雰囲気が漂っていた。  目的の階に着くと、男は操作パネルに手をかけたまま、先にどうぞと言う。  坂本は彼に頭を下げ、エレベーターをあとにする。 「さて、長瀬くん」  長瀬が坂本に続いて出ようとしたとき、突然エレベーターのドアが閉まった。 「……さ、智っ、会社では近づかないでって言ったのに」 「タイミングが悪い。わざわざずらして出てきたというのに、こうして鉢合わせてしまうとは。それにしても坂本くんはいつも君に対してああいった態度を取るのか? いささか不愉快なのだが」 「何それ、嫉妬してるの?」 「もちろん」  仁科は孝司の背後から抱きつき、シトラスの整髪剤に混じった甘い体臭を嗅ぐ。 「……孝司」 「ちょっ、耳元で話さないでよ! お、俺もう行かないと」 「残念だ」  仁科は名残惜しそうに孝司のうなじにキスをし彼の背から離れる。  その間に孝司がパネルを操作し、エレベーターの扉を開け、先に出た坂本の後を追った。

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