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「髪染めてなにイキってんだよ。お前みたいガリガリのチビ、どう足掻いたってただのいじめられっ子だから」
廊下でいじめっ子でヤンキーの遠藤友紀(えんどうともき)達に捕まり、人目のない踊場へ連れていかれる。
遠藤とは保育園から一緒で、ずっと同じクラスだ。保育園の年中までは名前の順で俺の次だった。
子供の頃から俺は、ずっとこいつにいじめられ続けてきた。
「髪染めたら、余計に女みてぇだな」
逃げ出せないように、前方を3人に囲まれて、壁際に追い詰めらる。
遠藤に乱暴に髪を鷲掴みにされた。
今まで怖くて仕方なくて、逆らった事は一度もなかった。
でも、今日からは変わらなきゃいけない。
強くなりたくて
変わりたくて
髪を染めて、ピアスの穴を開けた。
こんな事で変わる訳がないのは、わかっていた。
それでも、形から入る事で、何かが変わってくれるという『可能性』を信じる事にした。
覚悟を決めて拳を握り、嘲笑う遠藤を睨み付ける。
「はぁ?それでガン飛ばしてるつもりかよ!」
いつも俯いていたから、まともに遠藤の顔を見るのは久しぶりだ。
強面な顔の眉間にシワが寄り、益々凶悪な面構えになっていて正直怖い。
上背もあって見下ろされてるから、威圧感に体が強張る。
背中を冷たい汗が伝い、体が微かに震えているのがわかった。
ーー目を逸らしたらダメだ。
不意に遠藤は不敵な笑みを浮かべ、親指で唇をなぞってきた。
「煽ってるようにしか見えねぇよ。流石ヤリマンでビッチの子供だな。ほら、指しゃぶれよ」
唇の隙間から親指を挿し込み、歯を抉じ開けようとする。
そんな事したくなくて歯を食い縛るけど、力の差は歴然で、指を捩じ込まれてしまう。
「痛ッ!!!」
侵入してきた指に、思いっきり噛みついた。
「おかまの癖にふざけんなよ!」
頬を思いっきり張られた。
軽い目眩がして、打たれた場所は熱を持ちじんじんと痛む。
他人に明確に暴力を振るわれたのは、生まれて初めてだった。
「いつもベタベタ触ってきて、キモいんだよ!群れでしか行動出来ねぇ弱虫の癖に!言いたい事があるなら、一人で来いよ!」
こんな大きな声を張り上げたのは、いつぶりだっただろう。
自分でさえわからない。
今までは弱々しくて、消え入りそうな声でしか喋ってなかった。
遠藤や取り巻き達が怯んだ隙に、逃げ出して全速力で走り出した。
背後ではふざけんなだの、覚えておけだの怒号が聞こえる。
大丈夫ーーー
陽人がいなくたって、もう大丈夫だ。
勇気を振り絞り、一人でもあいつらから逃げる事が出来た。
中学で見つけた隠れ処。
鍵の壊れた屋上へと向かう。
小さい頃からいじめられっ子だった俺は、保育園でも、小学生でも、中学に入っても隠れ処を見つけるのが得意だった。
そこへ行けば安全だった。
身を守ったり、ひっそりと泣いたりするのに、気配を消していつもそこで過ごしていた。
屋上の手すりに肘をつき、ポケットから煙草を取り出す。
美空の買い置きから盗んだメンソールを咥え、ライターで火をつけ煙を吐き出した。
「吸えてないよ」
誰にも見つからない、俺の隠れ処に来るのはあいつだけだ。
いじめっ子に見つからないように、転々とランダムに場所を変えてるのに、何故か陽人には見つかってしまう。
俺の口許から煙草を奪い、煙草を吸ってふぅーっと紫煙を吐き出す。
「……次期生徒会長候補が良いのかよ」
この間の、生徒会選挙の投票結果が開示されてないけど、多分陽人が生徒会長で間違いない。
「優等生だから逆にバレないんだよ。煙草を吸うのは初めてだけどね。子供の頃にお爺様に吸い方を教わったんだ。柚希も初めて吸ったんだろ?慣れてないのバレバレだよ」
図星をつかれ、ぐうの音も出ない。
ただ、人の見よう見まねで吸っただけだから、ハッキリ言って吸い方がわからない。
「肺まで煙を入れてから吐き出すんだよ。ま、体に悪いから煙草は止めな」
煙草の火を消して、陽人が見つめてきた。
「もう、俺に構うなよ…」
「何年付き合いあると思ってるの?柚希が髪染めて避けてる理由、俺がわからないとでも思った?」
視線を合わせないように、前を向いたまま口をつぐんだ。
「俺は柚希の事、大切な親友だと思ってるよ。柚希が俺の為に避けてるのは、なんとなくわかってる。でも俺は、親友を絶対止めるつもりはないから」
「陽人の為じゃねぇよ。お前とは合わないと思っただけ。だから、勘違いするな…」
陽人の優しい言葉に、決心が揺らぎそうになる。
親友と言ってくれた事に、じんわりと胸が熱くなる。
俺にとっても陽人は、唯一無二の親友だ。
陽人の夢の邪魔をしたくないから、側にいる事は尚更出来ない。
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