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家の玄関の前に見知った顔がいた。
陽人はドアの横の壁にもたれかかりながら、ひたすら俺の帰りを立って待っていたようだ。
ーー確か、今日はサッカー部の練習があった筈なのに……
「柚希、話しよう」
俺は聞こえないふりをしながら、ガチャガチャと無言で玄関の鍵を開ける。
それでも温かみのある優しい声に、気持ちは大きく揺らいだ。
「ほんの少し。5分だけで良いから。俺に時間くれない?柚希、お願い…」
いつも余裕のある陽人が、眉を下げて必死に懇願してくる。そんな姿を見たら、断ることなんて出来なかった。
「少しだけなら…」
ドアを開け、階段を上り二人で部屋へ向かう。
「ひい婆ちゃんの葬儀の時、何かあった?」
「何も…」
陽人に嘘を吐いた。
ひい婆ちゃんの葬儀は町の斎場であげた。
人格者で好かれているひい婆ちゃんだから、それなりに参列者は来てくれた。
ただ、ひい婆ちゃんの孫にあたる美空は16歳で俺を産み、水商売をしているから、町の人達には良く思われていなかった。
ヤクザの女だの
元ソープ嬢だの
ビッチだの
ヤリマンだの……
影では散々な言われようだ。
でも、美空は全然気にしてない。
真実は全く違うからだ。
美空は生まれつき色素が薄くて、髪も瞳も栗色をしていた。
学校の先生や大人達は、美空を不良だと色眼鏡で見ていた。
大きなつり目が生意気な印象を与えるのか、余計にそう思われた。
美空の両親…俺から見た祖父母は美空が小さい頃に事故で他界したから、美空は寂しかったんだと思う。
中学生になって、悪い仲間と遊ぶようになったみたいだけど、ただ集まってバカ騒ぎしていただけで、本当に悪い事なんて一つもしてなかった。
そんな時、熱心に気をかけてくれる、学校の先生と美空は恋に落ちた。
中学を卒業した夏、俺を身籠っている事がわかった。
美空は誰にも、お腹の父親の事を言わなかった。
(俺とひい婆ちゃんには、教えてくれたけど)
彼氏にも迷惑をかけると思い、別れて一人で育てる事を選んだ。
そんな美空の事情を、全て知っていたひい婆ちゃんは、美空と二人三脚で愛情いっぱいに俺を育ててくれた。
だから噂で色々言われても、俺もひい婆ちゃんも全く気にしてなかった。
そして、5歳の3月に両親が離婚して、隣に越してきた陽人。
陽人のお母さんの久美(くみ)さんも、美空の事を信じてくれて仲良くしてくれた。
引っ越してきて挨拶に来た、久美さんと陽人。
久美さんと美空は歳は離れてたけど、同じ干支だったというのと、同じシングルマザーだという事、名前を逆読みするとお互いの名前になるという事から、初対面だというのにすっかり仲良くなってしまった。
そこに面倒見の良いひい婆ちゃんが加わり、久美さんは知らない町でも、心細くなる事はなかったようだ。
人見知りだった俺は、ずっと美空の後ろに隠れていて、その時陽人と話すことはしなかった。
陽人は転園した保育園の初日、俺をいじめっ子の遠藤から守ってくれて、裏庭でプロポーズをしてきた。
俺を女の子だと思って、一目惚れしたらしい。
それまでお互い全然喋らなかったから、女と間違えても仕方がないと思った。
俺は小柄で色白で華奢な見た目に、ピンクやパステルカラーの女の子っぽい服。
それに肩につくくらいの長い栗色の髪で、猫顔の美空と瓜二つ。
だから、当たり前のように女の子に間違えられていた。
陽人は『初恋をした日に失恋をした』、
なんて良く溢していた。
◇
わかってくれる人がわかってくれれば、影でどんな事を言われようと気にしなかった。
あの日ーーー
ひい婆ちゃんの葬儀の日、手伝いに来てくれた久美さんに、同級生の母親が話しかけるのを偶然聞いてしまった。
「陽人くん一ノ瀬高校へ行くんでしょ?」
「ええ」
「県内一の進学校目指してるなんてすごいわ!でも陽人くんなら余裕で受かるわね」
「そうだと良いんですけどね」
「でも、大丈夫なの?内海さんなんかとお付き合いしてて。お母さんがあんなだから…柚希くんも、ねぇ~。柚希くん、ヤクザの事務所へ出入りしてるって噂よ。お友達が暴力団関係者だなんて、陽人くんの内申書に響くんじゃない?」
「それは噂ですよね?私は自分の目で見た事だけを信じますから。ご心配して下さって、本当にありがとうございます」
「あ、あら、そうなの…」
自分と側に入るだけで、陽人の進学に影響が出るかもしれないなんて、思ってもみなかった。
どんなに自分達が良くても、周りの判断で真実は歪んでしまう。
人の目とか、世間体とか。
子供だったから気にならなかった事が、大人になると通用しないという現実がすごく怖かった。
事実ではない人の噂の方が、本当の事みたいになっていく。
今更真実を訴えたって、きっと誰も信用してくれない。
長い年月、言われ続けた噂。
底辺にいる弱者が言う真実より、社会的地位のある者や、大多数の中間層が言う噂の方が、世間的には信用されてしまう。
いつの間にか『嘘』が『真実』になってしまうんだ。
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