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暫くの間、呆然として立ち尽くしていた。 男と柚希はドア側に背を向ける形で、ベッドで夢中に抱き合っていたから、俺が入った事に気付いていない。 柚希に恋人が出来たのか? 違う…… 柚希の様子が変だ。 男に覆われてよく見えないけど、トランス状態のように見える、というかそう感じる。 多分、お酒を呑まされたか、変な薬でも使われたのかもしれない。部屋はタバコと香水の臭いはするけど、アルコールの臭いは全くしないから……恐らく、薬か? それにこの男、足首や手首に控え目ながらタトゥーが入っていて、本当はガラが悪そうだ。たまにチラリと見える男の横顔と、下に停めてあったミニバンのナンバーに、なんとなく見覚えがあった。 よく見ると、ベッドの上に手錠が散乱して、それまで拘束されていた事が窺い知れる。 揺さぶられ続ける柚希の矯声が消え、ぐったりとうつ伏せで眠るように気を失っていても、男は気にせず乱暴に腰を打ち続ける。 一際大きく突いた後、動きを止め息を荒げながら柚希の身体から結合部を離した。 まるで物のように扱われる柚希。 最愛の、大切な人を汚され、腹の底からどす黒い感情が溢れ出す。 激昂する気持ちを抑えきれず、持っていた竹刀を男の背中に目掛け、軍神の力を込めて振りかぶった。 「ーーー!」 「殺気がダダ漏れだよ、お前」 頭の後ろに目があるみたいに、いとも簡単に竹刀を片手で止められた。 男は振り返り、ジロリと俺を睨んできた。 俺が動揺して力が抜けた隙に、竹刀を呆気なく奪われた。 「お前、友達?っていうより、嫉妬丸出しで、柚希に惚れてるのわかりやすいんだけど」 「……あなた、SHGのリーダーの樋浦柊さんでしょ?今、警察に電話繋がってて会話が丸聞こえになってます。だから、すぐに警察が来ますよ」 嘲笑いながら見透かしたように言う柊の言葉を無視した。 動揺と怒りを抑えながら、手に持った『通話中』と表示されたスマホをチラリと見せ、淡々と言葉を吐き出した。 「それで?」 「柚希から離れて下さい」 柊は気を失っている柚希を抱き上げ、腕の中に閉じ込めた。 Tシャツの袖が捲り上がり、逞しい二の腕に彫られたタトゥーが少しだけ見える。 目の前で好きな人を陵辱された上、そんな男が抱擁する姿に、怒りで体が戦慄く。 「それは無理かな。こいつ気に入ったから連れて帰るよ。今日から俺のモノだから」 冷笑を浮かべ俺を睨みながら、柚希の明るめのミルクティー色の髪を梳くように撫で、頭にキスを落とす。 際限なく怒りが湧き上がる。 今まで自分の事を冷静で穏やかな人間だと思っていたけど、こんなにも怒れるなんて初めて知った。 「ふざけんなよ…柚希はあんたのモノなんかじゃない…あんたの一方的な気持ちだけで、勝手な真似するな」 「へぇ~。俺の事知ってるのに歯向かってくる奴なんて久々。その根性だけは褒めてやるよ」 柊はそう言い放つと、奪った竹刀で鳩尾を鋭く突いてきた。 痛みと息苦しさに一瞬目の前が暗くなり、勢いよく手を着いて倒れ込む。 そうしている間に、柊はジーンズを履き、俺へと近付きしゃがみ込んできた。 髪を鷲掴みにされて、上を向かされる。 「警察へ通報したフリも、上手くハッタリかませてたぜ。最初から嘘だって気付いてたけどな」 落としたスマホを拾って、通話を止められた。 「お前の度胸に免じて、今日は連れていかない。次は攫うから」 鋭く冷淡な視線でねめつけると、床に顔を叩きつけられた。 目眩と痛みで身動きする事が出来ない。 柊はバッグを肩に担ぐとドアを開け、何事もなかったかのように帰って行った。 おでこが腫れて痕が残りそうだな… それより左の手首に嫌な激痛が走る。 倒れた時に変な風に手を着いたから、怪我したのかもしれない。 自分の事よりも、柚希の方が心配だ。 痛みを堪え起き上がって、ベッドへ歩み寄る。 瞳に写る悲痛な柚希の姿に、唇を噛み締める。 まだ柚希が気を失っていた事が、せめてもの救いだ。 レイプ現場を見られていた事や、柊に怪我させられた事を知れば、柚希は苦しみ、責任を感じてしまうだろう。 手首が痛くて、シャワーで流してやれない。 部屋にあったウェットティッシュで、顔や体の汚れを丁寧に清めた。 「こんなに酷い目にあってたのに……早く来てやれなくて、ごめん……」 柊にされた仕打ちがわかるように、 鳩尾や頬は赤く腫れて、 手首に血が滲み、 顔は涙でぐちゃぐちゃだった。 服を替えてやりたいけど、片手では難しい。 せめて曝された下半身だけでもどうにかしたい。 全てを覆い隠すように、タオルケットをそっとかけた。

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