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ーー友紀……遅いな……メッセージや電話が返せないくらい、具合悪いのかな……
考え込んでいると、主審のホイッスルが鳴り、観客席が揺れるほどの歓声が上がった。
いよいよ、キックオフだ。
先発メンバーに陽人はいなかった。それでも観客席からは、陽人コールが途切れる事なく沸き上がっていた。
ベンチで控えているだけなのに、陽人はめちゃくちゃ格好良くて……すごく目立っていた。
試合を見つめる目がとても真剣で鋭くて、王者の風格すら感じさせた。
その存在感は、スタメンの中にいないのに、まるでいるような錯覚まで起こさせる。
東中の選手達も、今までの試合とは比べ物にならないくらい、気迫が凄かった。
『陽人の為にも、絶対優勝』ーーー
円陣を組んでいる時の誓いの言葉を実現させる為、一人一人が陽人への思いを背負い、100%自分の力を出し切っていた。
試合開始間もないというのに、東中が先制ゴールを決めた。観客席が響めき、ベンチにいる陽人は立ち上がってガッツポーズをしていた。その姿を見た陽人目当ての人々からは、黄色い歓声が上がった。
前半から試合の主導権は、完全に東中が掌握していた。
ーー勝てる……このままなら、絶対優勝できる……
彩ちゃん達に貰った陽人くんバンダナを左手首に巻き付け、膝の上で手を組み祈るようにして試合を見ていた。
バッグの中のスマホの振動に気付き、画面を確認した。
友紀からメッセージが来ていた。結構長い時間、連絡が取れなかったから、ホッと胸を撫で下ろす。何て送ってきたのか、急いで確認した。
《悪ぃ……腹痛くて、動けねぇ。暫くトイレに籠ってるわ。柚希は気にしないで、陽人の試合見てなよ》
ーーえっ……マジかよ……
《大丈夫なのかよ?友紀どこにいるの?》
《俺は、いいって。落ち着いたら戻るから》
自分も腹が弱いから、水無で飲める薬を持ち歩いてる。さっきあげるって言った時は断られたけど、こんなに酷いんじゃ無理矢理にでも飲ませないと辛そうだ。
《俺、薬持って、トイレまで行くよ》
《試合、始まってるだろ。気にすんな》
《陽人まだ試合に出てないし、薬渡したらすぐに戻るから》
薬を飲ませた後でも、痛みが落ち着いて席に戻るまで付き添うつもりだった。でもそんな事友紀が知ればきっと断ってくる。だから、メッセージにはすぐ戻るって入れて安心させといた。
《ありがとう、柚希……正直、助かる……》
友紀のメッセージに書かれた、トイレの場所まで辿り着いた。トイレへ籠る為だったのか、奥にある目立たない多目的トイレに入ったみたいだ。
「友紀、大丈夫か?薬持ってきたから。絶対、飲めよな」
トイレをノックして、中で苦しんでいる友紀へ声をかける。返事はない。相当辛いのかもしれない。
「動けるようになったら、ドア開けて」
やっぱり返事はない。でもすぐに足音がして、鍵を開ける音が聞こえた。動けるみたいで安心した。
バリアフリーの引き戸が、横にスライドして静かに開いた。
「逢いたかったよ、柚希」
中から現れたのは、友紀ではなく……
ゾッとする程冷たく微笑む、柊の姿がそこにあった。
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