83 / 134
80
ーーあれ……何だろう……
映像を見ていて、何か違和感を感じる。
感じるけど、それが何なのか見つける事が出来ない。
そんな風に疑問に思ってると、誰もいない筈の多目的トイレのドアが再び開いた。
ーー何で……?お婆ちゃんと青年が出てきたトイレから……斉木が出てきたんだろう……?
斉木はクラスメートで、不良グループの次期リーダー候補だ。視線だけで人を殺せそうなくらい、ものすごく迫力がある。
俺は怖くて、話し掛ける事なんて疎か、一度も顔すらまともに見た事なんてない。
何で?どうして……???
鈍感な頭で、必死に思考を巡らせた。
クエスチョンマークでいっぱいの頭には、いつになっても答えが出てこない。
「ヒロ先輩、もうすぐ着くよ。リュックにパソコン仕舞って。俺が、リュック持つから」
年下なのに気が利く稀瑠空は、体力のない俺の事を、いつも気遣ってくれる。
その優しさに、ついつい甘えてしまう自分が情けない。
稀瑠空は顔だけじゃなくて、心も美しくて本当に天使みたいだ。
タクシーはスタジアムの駐車場に到着すると、入場ゲート近くの歩道に幅寄せし、先に停まっていた黒いワンボックスカーの後ろへ止まると、ハザードを焚いて停車した。
一刻を争う状況なのに……
ノロマな俺は、動きがすごく遅くて……モタモタしてしまい、二人を足止めしてしまう。
迷惑をかけたくなくて、稀瑠空の肩を叩いて、先に行くように促す。
「わかった。ヒロ先輩、先に行ってるね」
リュックを背負って、稀瑠空と近衛先輩は走り出した。
傍から見たらノロノロと見える動きで、俺なりに急いでタクシーを降り、ゲートへと向けて急いで走り出した。
ーーあれ……?
ゲートまでの道の半分の所で、監視カメラで見たお婆ちゃんと青年の二人とすれ違う。
急いで行かなくてはならないのに、後ろ髪を引かれたみたいに、その二人がどうしても気になって立ち止まる。
お婆ちゃん達が停車していたワンボックスカーに近付くと、後部座席のドアがスライドして開き、中からタトゥーだらけの髪を染めたガラの悪い男達が一斉に降りて来た。
あっという間に車椅子ごとお婆ちゃんを乗せ、すぐさまドアが閉まった。
付き添っていた青年は素早く助手席に乗ると、キャップと眼鏡を取り、ウィンドウガラス越しに俺を見てニヤリと笑った。
ーー樋浦柊!
着物と眼鏡と白髪のウィッグでわからなかったけど……
拉致されたお婆ちゃんは、柚希先輩で間違いない。
俺達が柚希先輩を変装させて守ったように、同じやり方で柚希先輩を拐おうとしている。
ーー本当に、卑怯だ!こんな悪い奴等に、柚希先輩を絶対に奪わせない!
俺が呼べば、稀瑠空も近衛先輩も気付く距離にいる。
稀瑠空に、
近衛先輩に、
知らせなきゃ!
「ーーーー!!!」
失った俺の声は、緊張で喉が締め付けられ、微かな音ですら発さなかった。
ーー神様、お願い……!一生喋れなくなってもいいから……!今だけ、“声”をください!
何度も口を開け、力の限り叫んだ。
でも、その声は心の中でしか響いてなくて……
ただ意味もなく、口をパクパクさせているだけだった。
神様への懸命な願いは、届く事がなく……
ワンボックスカーはタイヤを鳴らしながら急発進し、どこかへと行ってしまった。
ともだちにシェアしよう!