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「チッ!」
柊がいなくなった途端、美玲は大きく舌打ちをし、しかめっ面で俺を睨んだ。
「こんな不細工の、どこがいいんだよ。柊のバカ……」
深い闇のような淀んだ目で、マジマジと俺を見ながら悪態をつく。
自分で整った顔だとは思ってないけど、目の前で不細工とか言われると、流石に腹が立つ。
「…………何か、俺に言いたい事あるんだろ?言えよ」
「一言じゃ言えねぇくらい、おまえに言いたい事は、山ほどあるわ。まぁ、一つだけ言えるのは、おまえなんかより、俺の方が柊を愛してるし、柊と釣り合うのは俺だから。ビッチのおまえなんかとは違って、柊がいなかったら、俺は生きていけないんだよ」
一つだけなんて言ってる癖に、何個も言っている。とにかく、柊が大好きなんだって事だけは、よく伝わってきた。
「ユキちゃん、指名入ってるから、すぐ出られるようにして。これ、店用のスマホ。連絡は全てこれでやり取りしてね。予約で全枠、埋まっちゃってるから。時間厳守で頼むよ!これ、マニュアルだから、一通り読んどいて。仕事の説明は車の中でするから、とにかく急いで!」
スタッフに慌ただしく声をかけられ、スマホとマニュアルの資料を渡された。
「へぇー、こんなに早く完売したんだ。大人気だね。あんまり無理しないでね、新人さん。多分、俺の太客も予約してると思う。これ、ユキちゃん専用のバッグ。中身はローションとかイソジンのお仕事セットだから、忘れないで。オモチャやコンドームも、入ってるよ。わからない事は、スタッフが教えてくれるから聞いてみて」
美玲が微笑みながら、道具の入ったバッグを渡してきた。綺麗な顔をしてるから、普通に笑うとすごく美人だ。
「……ありがとう」
「頑張ってね。いってらっしゃい」
「いってきます」
嫌な野郎だと思ったけど……根はいい奴なのかもしれない。
何が何だかわからないまま、早口で喋るスタッフの指示に従い、後をついて行った。
「…………大概の客は我慢出来る俺が、NGにした糞客中の糞客だから……せいぜい可愛がってもらえよ、糞ビッチ」
背後から美玲が、低い声で何か呟いていた。
柊にレイプされた事が、ずっとまだ“マシだった”なんて思えるくらいーーー
散々な目にあった。
柊は俺を殴ったり、無理矢理暴いたけれど……
俺に愛情はあったんだって思う。
やり方は間違ってるし、人として最低だ。
それでも、一人の人間として俺を抱いてくれた。
物みたいに……
性処理道具みたいな扱いは、俺にしなかった。
愛情のある性行為と、そうでない性行為。
その二つに、天と地ほどの差があるんだって初めて知った。
金で買われてるから、仕方がない事なんだろうけど……
人権なんて、そこにはない。
玩具みたいな……いや……
まるで、奴隷みたいな扱いだった。
ただ、己の欲望のままに動き、相手の都合なんて一切お構いなしだ。
柊は身元のしっかりした、金持ちばかりだなんて言ってたけど……
そこに紳士なんて、一人もいなかった。
奴等は餌を前に、目の色を変えて乱暴に貪る、ただの獣(けだもの)だ。
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