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ーー久美さんの車がない……陽人は生徒会総会の資料作りで、日曜だけど学校に行ってるはず……
柊にバレないように、隣家の陽人の家へ目をやる。家には誰も不在で、留守みたいだ。
実家のチャイムを鳴らすと、バタバタと走る足音が聞こえ、「いらっしゃい」と慌てて美空が出て来た。
そのまま、リビングへ案内される。
ひいばあちゃんの遺した家だから、昔の家って感じで、修繕したりリフォームはしてあるものの、俺のうちは古い造りだ。
リビングというよりは茶の間って感じで、ひいばあちゃんが好きだった、畳敷きの落ち着いた和室になっている。
美空が珍しく緊張しながら、俺と柊へアイスコーヒーを出した。涼しげな竹製のコースターの上へグラスをのせる。
簡単な挨拶を済ませると、柊が紙袋から包装された菓子折りを出し、「美空さんの好物だと伺ったので……」と美空へ手土産を渡す。美空は「気を使わなくていいのに……ありがとう」と遠慮がちに受け取った。
「柊くんから、大体の話は聞いたんだけど……二人が付き合ってるっていうのは、本当なの?」
「…………本当だよ」
美空にバレないよう目を見つめ、平然を装って淡々と答える。柊はそんな俺を横目で監視していた。
「付き合ってる期間はすごく短いんです。でも、俺も柚希さんも将来の事を考えて、真剣に付き合っています」
「……そう…、なの……」
「男同士で、正直驚いたと思うのですが……」
「そうね……でも……柚希が幸せなら、そこは理解するつもりよ。ただ……突然付き合ってるって聞いた後に、結婚したいだなんて……いきなり言われても……柚希はまだ、子供だし……正直、混乱してる……」
「申し訳ありません……美空さんが困惑してるのは、重々承知です。美空さんに理解してもらう為の時間は、必要だと思いますし。せめて、柚希さんが高校を卒業してから……とは、考えていたのですが……」
柊が俺の背中に手を添え、美空にわからないよう合図するみたいに、人差し指でトントンと背中を叩く。
“合わせろよ”って、遠回しに圧をかけられてるみたいだった。
車の中で柊が話していた事を思い出す。
“俺が柊に夢中で、結婚したい、離れたくないってワガママを言ってる”
美空にはそう、説明しているみたいだ。
軽く叩かれているだけなのに、あの恐ろしい罰を思い出すと、そんな僅な力でさえ暴力に感じ怯えてしまう。
血の気が引いて顔は強張り、小刻みに震え出した。
美空に見られたら、付き合ってるのが嘘だってバレる。
美空に顔が見えないように柊の胸に顔を埋め、しがみつくみたいに抱きついた。
「本当に柚希は、甘えん坊だな……」
柊の顔は見えないけれど、声色から嬉しそうなのが感じられた。
美空は「柚希が人に、甘えるなんて……」と驚いている。
「柚希さんと、温かい家庭を築きたいって思ってます。中学は転校する事になってしまうけど……俺の母校へ通わせて、大学の費用まできちんと出すつもりです。柚希さんがなりたい夢があるなら、叶えてあげたいって思いますし……」
「柊くん……」
しがみつく俺の頭を優しく撫で、耳元で「離すからごめんね」と優しく囁く。媚薬がまだ効いているせいで、耳元で響く低音ボイスに頭がじんじんとして、顔が赤く染まる。
「半人前で未熟者ですが、どうか柚希さんとの結婚をお許し下さい」
正座をして姿勢を正すと、畳に手を着いて深々と頭を下げる。
美空は息を飲んで、暫く黙ったままだ。
その間も、柊は動く事なく、頭を下げ続けている。
「柊くん……頭上げてよ……」
「美空さん……」
「…………我が儘で、気難しい子だけど……柚希の事、よろしくお願いします。私の大切な子だから……絶対、幸せにしてね」
「ありがとうございます!必ず、幸せにします!」
目の前でトントン拍子で進んでく話を、どこか遠い場所から見ている感じだった。
自分の事なのに、他人事のように思えた。
柊がテーブルに置いた、養子縁組の書類の言われた箇所へ、美空は真剣に記入をしていた。
美空は書類を書くのが苦手だから、緊張しながら一文字一文字、間違えないように丁寧に書いてるのがわかった。
「美空さん、お忙しい所、このような席を設けていただいて、ありがとうございます」
「ねぇ、柊くん……いつもみたいに、気楽に話してよ。“さん”なんて、付けなくていいし。敬語使われちゃうと、こっちまで緊張しちゃうよ」
元々柊は美空の店の常連客だったから、二人とも気心の知れた間柄だ。サバサバした美空は、畏まった雰囲気がどちらかと言えば苦手だ。
「流石に義母になる人を、呼び捨て出来ないよ……じゃあ、これからは美空ちゃんって呼ぶね」
「うん。その方が私も気楽」
「いきなり来て、すぐ帰る感じで悪いんだけど……荷物だけ纏めたら、俺達は帰るから」
「やる事いっぱいあるからね」
「他にも書いてもらったり、美空ちゃんに用意してもらいたい書類が沢山あるんだ。大至急のやつとかもあるから……後で詳しいことは連絡する。その時は、俺一人で来るから」
「わかった。いつでも、大丈夫。二人の為なら、なんでも協力するよ」
早急に荷物を纏め、急いで家を出る。
その時、陽人の家を再びチラリと見た。
やっぱり、人の気配はなく、誰もいない。
柊にわからないように、小さくため息を吐く。
助手席へ乗り、見えなくなるまで美空に手を振り続けながら、本当は帰りたくて仕方のない実家をあとにした。
◇
新居へ戻ると、満身創痍の俺を寝室のベッドへ横たわらせた。
柊にレイプされ、デリヘルで働かされ、寝ないで美空の所へ行って……
精神的なダメージと疲れと睡眠不足で、休息を欲しがる体が、眠らせようとして瞼が重くなる。
「疲れただろ?寝てていいぜ……書類の手続きは、明日俺がする……これで、俺と柚希は正式に夫婦だよ……」
微睡む俺の髪を梳くように撫で、愛しそうに見つめる。
「ずっと、一緒にいような。愛してる、柚希」
冷たくも整った美しい顔が近付き、永遠の愛を誓うように、そっとキスをした。
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